現場到着 3-1
氷高里緒弁護士と稲垣の乗っている覆面パトカーの無線に途切れ途切れながら声が入る。
容疑者Hは銃を奪い、逃走中。
容疑者は銃を持っている。
巡回中のパトカーは十分注意せよ。
交通機動隊員は検問を行うこと、絶対に逃がしてはならない。
しかし、稲垣刑事はパトカーを警察署に向けた。
「何か証拠を残しているかもしれません」
里緒も彼の意見に賛成した。
「そうだね。とにかく急いで」
よほど大変なことになっているのだろう、里緒は推測した。何台ものパトカーと自分たちが何度もすれ違う。どの車も急いでいた。ミニパトだろうが、普通のパトカーだろうが、いずれもサイレンを鳴らし、速度を上げていた。
警察署の門をくぐった。
「止まって!」
里緒が稲垣に指示し、ブレーキを踏ませた。
雨の中、倒れている人影がある。
里緒はドアを開け、降りると、その人影に近づいた。
人影は若い女性警官で、仰向けに倒れていた。
真っ先に、胸に空いている小さな穴に目が止まった。よく見れば、腕にも黒い汚れがある。目を開け、驚いた表情のまま、彼女は横たわっていた。首筋に手を当ててみる。
死んでいる。
後から稲垣が来た。
様子を聞く彼に対し、里緒は何も言わずに首を振った。
婦警の死体から目をそらす。そうしたらアスファルトのある地点にある汚れに気がついた。黒く、何かがこすれたような跡があった。
里緒と稲垣は警察署の建物内に入った。中では所轄の警察官が忙しそうに走り回り、待合室で何らかの手続きを待っている客たちの案内をしていた。一般人が紛れ込まないようにしているのがわかる。
署内の異常に気がつき、こちらに視線を送っている一般人も少なくなかった。
「なんなんだ?」
稲垣も自分と同じくこの場の状況が理解できていないようだ。
何人もの警察官が署内を行き来していた。が、その中で担架が何台か持ち込まれていた。
さらに鑑識が署内に大勢いた。
救急車も到着。
警察官の指示により、救急隊が担架または車椅子を運び、エレベーターに乗り込む。しかも、かなりの人数だった。
里緒が稲垣の肩をたたく。
「私、待合室にいるから。何かあったら教えて」
「はい」
稲垣は去っていき、里緒が待合室の椅子で待つ。
しかし、稲垣が里緒を呼びに来るのは、それからすぐ後のことだった。
既に病院に搬送されたケガ人は五人。死者は七人。ケガ人の中にはレイプ犯の生き残りの大友や、Hを取り調べていた女性刑事の今井もいた。
署内の鑑識は事件の発覚直後、すぐに仕事を始めた。
Hの姿はどこにも無かった。
すぐに巡回中のパトカーに号令がかけられた。
H容疑者が警察署から脱走、相手はピストルを持っている、と。
担当はHの服装と背格好だけを無線で伝えた。慌てていたからだ。
里緒は刑事課の応接室に通された。稲垣の同僚の迎刑事が同席していた。迎から見せられたのは、取調べの記録だった。
記録書には「私はS君から才能をもらった」との記述があった。
そして
「Sさんに出来ることなら、私にも出来る」
記録にこの文章が載っていたことを確認したとき、迎は背筋に震えが走るほどの戦慄を覚えたらしい。
S、とは『殺しの天才、S』のことだ。




