脱走 2-3
警察官は両手で頭を守るのに必死だった。
田中刑事が取り調べていたレイプ犯の最後の一人もこの場にいた。
しかし彼は何も言わず、部屋の隅に逃げ成り行きを見守っているだけだった。
「イタイイタイ、やめてください!」
「うるせえよ! どうせ、コネで入ったんだろ!」
Hは警察官の襟首をつかみ、彼の顔のすぐ前で、大きな口をあけて怒鳴りつけた。
「手前らコネ組はそうだ、何の努力もしないで、権力者の親戚というだけで入りやがる。じゃ、努力して入ろうとした奴は、コツコツと毎日繰り返し努力を重ねた奴は、無駄な努力か! それでよく国民のためとか、言ってるんだな!」
警察官は首を横に振り、口をかすかに動かした。
「きこえねぇよ! 今まで学校とかで、いい思いしてたんだろうが! だったら、その分のツケ、払ってんのかぁぁぁ! 私を、ただの犯罪者だと思ってんじゃねぇ!」
Hは手錠を取り出し、一回振った。
輪と鎖が甲高い音を立て、こすれあう。警察官の抵抗はなかった。さっき散々痛めつけてやったおかげだ。手錠の鎖が警察官の首に食い込む。
「これも市民を守るためだよね」
そう言い、Hは力を入れる。
「だってさ、警察ってそういう仕事だもんね。税金もらって国民の公僕として、奉仕する仕事だって聞いたけど、違うのかな?もしかしたら、クビがなく、給料の減らない安定した仕事と教えられて入った? もしかしたら、市役所と同じ週休二日で、八時間労働、年功序列の安定した仕事と思っていた?」
Hは笑った。
「バカなこと考えないで。警察が市役所と同じなわけないじゃない」
冷たく言い放ち、手錠を絞る。相手からは息がつまっている感じの音が聞こえ、自分への抵抗が抑えぎみになっているのに気がついた。それでも、警察官の口からは消えそうな声で、やめろ、なぜだ、との声が漏れてくる。
「なんで、なんで、なんで……! わかるか! ふざけるな! いやだからいやなんだ! それなのに、理由ばっかり聞いてきやがって!」
Hは警棒を取り出す。
そして気合と共に警棒を警察官の頭に振り下ろした。
警棒をつたい、警察官の頭の固さが手に響いてきた。この時Hは自らの手の痛みに耐え切れず、思わず顔をしかめ、動きを止めた。
骨に直接響いてくる感じだった。Hが目を開けると、頭を押さえてうずくまる警察官の姿が見えた。Hは一瞬、自分が女であることに、わずかながら舌打ちした。
やっぱり、力が足りない、あの人と同じことはできる自信があるのに……!
警察官が目を開け、恐る恐る自分を見る。その行為により、頭の中で繰り返される金属音が、ますます激しいものとなる。
ビキッビキッ、ビチビチ……!
それから正気を失った。
警察官の頭を何度も警棒で殴りつけた。警棒が曲がり、彼が意識を失うまで。
最後の一撃を加えたとき、警察官の頭は大きく左右に揺れ動いた。今までの時間の流れが一気に遅くなったみたいだった。
警察官は額から血を流し、コンクリートの床に倒れた。その直前に頭部から血が飛び散った気がするが、それすら下手な芝みたいに見えた。しかし、Hの手を止めた。
取調室には、Hの呼吸音しか耳に届かなくなった。警察官は動かなくなり、さらに、彼から息をしているという気配は消えてしまった。
さて。




