H、火を放つ
「そ、そんな、助けて、助けて、死にたくない」
「うるさい! 大体、お前が強請りなどしなければ、こんなことにならなかったと、そう思わないか! お前の普段の態度が原因じゃないか!」
私は男を持ち上げ、アスファルトに叩きつけました。
ぐぅ、と悲鳴と共に男はうつぶせに倒れました。
二度目はズボンに手をかけ、反対側に投げ飛ばします。
すると男は背中から落ちました。
口を大きくあけ「あーっ!」とよく通る声を出しました。
のた打ち回る男を尻目に、私は車に戻りました。
ポリタンクに入れておいた予備のガソリンと、先ほど男から取り上げたライターを持って、男の元に戻りました。
男の目が私を見上げていました。
「なかなか体が丈夫なんですね」
私はガソリンを男の体に撒きました。
そして、先ほど脱がした男の上着にライターで火をつけたとき、男の顔色が変わりました。
「人はいつか死ぬのです。それが早いか遅いかという違いだけです。どうでした? 楽しい人生だったでしょう? 自分の思い通りに生きられて」
「いやだ、やめてくれ。死にたくない。助けてください」
「諦めてください。ふふっ……」
私は、あれからすぐに車を出しました。
男の財布から金を抜き取るのも忘れずに。
ガソリンはポリタンクの半分を使っていました。
もっと少なくてよかったのかもしれません。
でも、もうあの男といっしょに燃えてしまいました。
それにしても、もう夜更けです。
時間をかけすぎました。
Sさんなら、もっと速く殺すことができ、今頃、何十キロ先へと逃げていることでしょう。
反省しなければなりません。
Sさんは、その才能の全てを私に譲ってくれました。
しかし、悲しきかな女の肉体では、Sさんのようにはいかなかったのです。
私の行く場所は、ありません。
Sさんも、私と同じ思いだったと思います。
これから、どうすればいいんでしょう。
どうやって生きていけばいいんでしょう。
いっそのこと、殺人を繰り返し、射殺されましょうか。
どうせ、私を受け容れてくれる人なんかいないのですから。
ただ一人受け容れてくれた、Sさん、あなたは私の余計な言葉が原因で死んでしまいました。
私は、どうしたらいいんですか?
警察に自首でもしますか?
自首してどうするんですか?
それでは今までと同じではありませんか!
またあの、わたし蔑んだ視線に囲まれて過ごすことになります。
今度は犯罪者という肩書きがついてきます。
その行き着く先は、Sさんと同じく『死』だけです。
Sさんにコンビニで私が偉そうに語ったことは、私自身も実践できそうにありません。
……もう、考えるのはやめにしましょうか。
いくら頭をひねって、ない知恵を搾り出しても、現状は好転しないのですから。
世間では、私は極悪人の殺人鬼ということになっているでしょうし……。
私は呟きました。
それは、私が意図したこととは別の言葉でした。
「こんなんじゃ、全然、足りない……」




