H、反撃に出る
私はとある山中にたどり着いた。
男を車から降ろす。
男の体が、アスファルトに落ちる。
鈍い音と同時に男が悲鳴を上げた。
「な、なんや?」
男が目を覚ます。
私は答えない。
男は私を見つけ、食って掛かる。
「コラァ、何すんじゃあ!」
「うるさい!」
手錠を握り込んだままの手で、男の頭を殴る。
「お前! 私がめがねを壊したといっただろう!」
「そうやないか!」
「ふざけないで! そのめがねは最初から壊れていたんじゃないの! それで、私から金を取ろうとしたんだろうが!」
「何言うとるんや! なめたこというと、いてもうたるで!」
「なに!」
「なにってなんや! ブッコロスぞ、おお? われぇ!」
「私に向かって、殺すというか……」
男の言葉が半ばおかしく聞こえた。
男は本気で怒っているようだが、口先だけで、何もしようとしない。
私は男の胸倉をつかみ、顔を引き寄せ、呟くように言った。
「お前のメガネ、特注品で、高かったそうだけど、私が持っていた市販のメガネと同じ値段だった。それがなぜ特注?」
「ケチつけるんか!」
「嘘をつくなと言っているんだ! お前が私を強請ろうとしているのはわかっていた!」
私は男の鼻先に頭突きを食らわせ、髪をつかんでアスファルトに叩きつけた。
そう、弱みをにぎれば、言いなりに出来る。
不良とか優等生とか関係ない。
いや、優等生のほうが、頭がいいだけ質が悪い。
うまく隙を見つけ、言葉巧みに相手の心理を揺さぶり、細く長く相手を支配し、色々と要求する。
私の学校では、学年一位の男がやっていた。
先生たちも奴の普段からの態度に、強請りを行っていると疑わなかった。
私はさらに男を怒鳴りつける。
「そうだろう! そのメガネは最初から壊れてたんだろ!」
「アホ言うな! お前が壊したんや!」
「じゃあ、証拠を見せろ!」
「疑うか! 人の壊しといて、無責任なやっちゃのぉ!」
「貴様……」
手錠を握り締めたまま、男の顔を殴った。
手錠が男の鼻先に食い込む。男はアスファルトに転がった。
私は男の上に覆いかぶさるように、奴を確保した。
右手で男の腕を押さえ、左手を振り上げる。
このとき、視界が暗転した。
Sさんを悩ませていたフラッシュバックが、私にも起こり始めていた。




