H、カツアゲにあいながら、過去を思い出して苦悩する
男は、私の打撃をくらい、顔を押さえて悶絶していた。
私は何も言わず、その顔にもう一度、拳を叩き込んだ。
男は私に何かを言おうとしていた。
しかし、私がそうさせなかった。
助手席に放り込み、車を発進させた。
その際、男は抵抗し車を止めようとハンドルにつかみかかって来たが、私は手錠を握り締めたまま、裏拳を男の顔に叩き込んだ。
私はそのままここから走り去ろうとした。
男は助手席で気を失っていた。
私を強請ろうとするからだ。
このようなつまらない人間に弱みをにぎられて、言いなりにされるのは、かなり辛いことだと私は思う。
博多の夜景は次第に遠くなった。
赤信号のときに、隙を見て男の懐を探った。
財布を抜き取り、ライターとタバコを取った。
タバコを試しに吸ってみたが、苦くてダメだった。
私が車を運転している間、ずっと昔のことが頭を駆け巡った。
私は部活をしなかった。
面倒だったからではない。
親が許さなかった。
そんなことをしても、何の役にも立たないと言われた。
小学生の頃から言われ続けた。おかげで、当時はそうなのだと思い込んでいた。
学歴が支配するといっていい現代日本社会では、いい学歴を手にするためには受験勉強に力を入れざるをえない、が、それが全てだろうか。その社会状況が、いつまでも続くだろうか。
私のときのように、いざ大学へいこうとしたとき、信金が倒産してしまうような『事情が変わった』ということになるかもしれないのに。
私は、私の預かり知らぬところで、翻弄されていた。
気がついたら今の状況に追い込まれていた。
しかし、それは全て私のせいだろうか。
私が人質だったあの時、私はSさんに、
「私、可愛くないし」
と、自嘲気味に言いました。
そうしたら、Sさんはカウンターを叩き、身を乗り出してきました。
そして、物凄い勢いで
「何言ってるんだ! Hさん、君が不細工なら、この世に美人はいなくなってしまうぞ!」
おそらくSさんは私に気を使ってこんなことを言ってくれたのだと思います。
それか、Sさんは目が悪かったからだと思います。
でも、私はその一言が嬉しかったのは、事実です。
それから、しばらく私とSさんが話しこみました。
Sさんはかなり酒に酔っていました。
「もし、俺と君が同じ高校の同じクラスで、こんなことを言ったら、どうする?」
と、前置きをしてからSさんは背筋を伸ばし
「Hさん、俺は君が好きでした。俺と付き合ってください」
私はあの時、どういう反応をしたのでしょうか。かなり動揺したのだけは覚えています。
私は首を振りました。
もっと思い出すべきことが、あるはずなのに。




