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第七話



馬車から降りてきたのは可憐な少女であった。

少女と呼ぶにも少し足りない、幼さの残る面差しは、妖精のように可愛らしいと評されるものである。

長ずれば、花も咲くのを遠慮しそうなほどの美貌を誇ることだろう。

彼女はジャンの姿を認めて目を輝かせ、喜色を満面に湛えた女神の如き笑顔でこちらに駆け寄ってきて───瞬間鬼すら裸足で逃げ出しそうなほどの怒気で表情を塗り替えた。

その変貌たるや、真っ向からそれを見てしまったアシュリーの頬がひきつるほどである。




「あんた、頭がたかいのよ!ずうずうしくオーウェンさまのとなりに立って、しつけがなっていないようね!?たかが平民ごとき、オーウェンさまにきやすく話しかけるどころかとなりに並ぶのも()()()よ!身のほどをわきまえなさい!」



急に矛先を向けられたアシュリーは頬をひきつらせたまま、足を一歩引いて頭を下げる。

さっきも聞いたなこれ…と思わず半眼になりながら、アシュリーは目の前できゃんきゃん喚いている令嬢の嵐が過ぎ去るのを待とうとした。

「お嬢様!淑女がそのように大声を上げるものではありません」

後から馬車を降りてきた侍女が、慌てて令嬢を嗜める。

が、令嬢はそれを完全に無視し、先程とは打って変わって可憐な容姿に違わぬ声でジャンに挨拶をしている。

変わり身の早さが怖い。

当のジャンと、後ろにいた騎士は慣れっこなのか、全く動じず一礼する。


「オーウェンさま。サリュがまいりましたわ」

「ようこそお越しくださいました。ヴェルハイツ公爵令嬢におかれましてはご機嫌麗しく」

「もう!サリュの前ではそんなにかしこまらないでと、いつもおねがいしているでしょう?サリュとお呼びくださいな」

「公爵令嬢である貴女のお名前を、一介の子爵に過ぎぬ私が呼ぶなど恐れ多きことでございます。どうかお許しくださいませ」

「ふふ、オーウェンさまは恥ずかしがりやさんなのね。今日はゆるしてあげるわ」

「恐れ入ります」

「オーウェンさま、サリュは大展示室に行きたいの。案内してくださるわよね?」

「大展示室でございますね。それではお部屋までご案内させて頂きます」

「あら、サリュはオーウェンさまと一緒に展示を見たいのよ。サリュの隣で、きちんとひとつひとつ解説してくださるでしょう?」

「お嬢様、子爵は騎士団のお勤めをなさっている最中です。そのようなお願いは…」

「あら、騎士団のお役目は民のためにはたらくことでしょう?なら、民のひとりであるわたしのために案内するのもお役目のうちなのではなくて?あなたは口をはさまないでちょうだい」

そう返されると強く言えないのか、唇を噛んで引き下がる侍女。

穏やかな笑みを浮かべながら、内心辟易しているようなジャン。

アシュリーは見事に置いてきぼりを食らって一瞬風景に同化しかけていたが、令嬢の言葉にあえて耳敏く反応することにした。


「恐れながら、お嬢様は宝石にご興味がおありなのですか?」

「はぁ?あんたまだいたの?汚らしい()()()がわたしの視界にはいらないでよ。さっさと消えないと、()()()()()()()するわよ」

「ヴェルハイツ公爵令嬢、お待ちくださいませ」

令嬢の苛立った声を、ジャンがやんわりと制する。


「こちら、先日の捕り物で魔力鑑定機関と騎士団に貢献した者でございます。ヴェルハイツ公爵令嬢もご存じでございましょう。ファムパルジュに関する重罪を白日のもとに晒したことについて、副機関長が…ヴェルハイツ公爵令嬢の従兄君が大変感謝をしておられたと」

「それは…そうね、たしかにききおよんでいるわ」

「身分こそありませんが、この者は我が国の交易の要たる宝石について造詣が深くございます。先日の捕り物から、身元もその知識も保証しております。大展示室に行かれるのなら、どうぞこの者から解説をお聞きくださいませ」

「は」

突飛な申し出に、令嬢の目が見開かれる。

ついでにアシュリーもぽかんとしていたのだが、ジャンは気づいていない振りをしている。

副機関長とやらが感謝を云々の話は聞いていないし、身元も知識も保証された覚えはない。

ジャンはアシュリーを高く買ってくれてはいるようだが、この場に限っては令嬢から逃げるための体の良い駒だろう。



令嬢は面倒なことになったといった顔を隠しきれないまま、威勢を無くした声で言い募る。

「い、いえ…サリュはオーウェンさまに解説をしてほしくて…」

「私は一警備の者ですから、宝石には明るくないのです。せっかくヴェルハイツ公爵令嬢御自ら宝石を鑑賞したいと足をお運びになられたのですから、最高峰の知識と解説をご用意せねば、私が上に叱られてしまいます」

それなら機関職員に頼めと思わなくもないが、アシュリーは黙ってことの成り行きを窺っている。

これは真っ先に敵意を向けられたアシュリーへの令嬢の印象を、少しでも和らげるためのジャンのリードなのだ。

口を挟んでジャンの厚意を無下にするほど無粋ではない。


「そ、それなら、オーウェンさまもサリュといっしょにこの者の解説をききましょう?」

「恐れながら、私は警備に戻らねばなりません。もしこの者がヴェルハイツ公爵令嬢に対し失礼な真似をした場合は、このオーウェンが真っ先に駆け付けられるよう、展示室入口にて控えておりますので」

「そ、そう…どうしようかしら…」

ジャンの笑顔に弱いらしい令嬢は、しどろもどろになりながら侍女に縋るような目を向ける。

が、侍女は「まあ。オーウェン子爵が真っ先に駆けつけてくださるなら安心ですわ。お嬢様がせっかく国の要について学びたいと仰ったのですもの、是非そうさせましょう」と朗らかに返した。

「おい、頼むぞ」

「…かしこまりました」

貸し一ですよ、と言わんばかりにジャンをじろりと睨むと、ジャンは口端を僅かに上げて肩をすくめた。

アシュリーは息をついて、再び令嬢と後ろの侍女に深く頭を下げる。

「この度はヴェルハイツ公爵令嬢に展示室を案内する栄誉を賜り、恐縮の極みでございます。精一杯努めて参ります」

「…しかたないわね。案内しなさい…」


にっこり笑うと、今度は令嬢の方が頬をひきつらせたのだった。








「……ということで、最終的に令嬢相手にみっちり一時間半、懇切丁寧に解説してきました」

「あんた、何というか…強いのね」

「お褒めに預かり恐悦至極」

「是非ともこれだけは分かっていてほしいんだけど、褒めてないわよ」

「神経太すぎない?」



真夜中近く、客がほとんど店を出た頃。

睨みをきかせていた女性客たちも去り、ようやく店のことがひと段落した。

賄いを食べながらことのあらましを語って聞かせると、アイラにもレオナにも呆れた目を向けられる。


「そのお嬢様は結局どうしたの?」

「最初こそジャン様の目があるから興味深く相槌を打つ振りをしていたけど、十分もしないうちに返事もしなくなって、最終的に死んだ魚の目で帰っていった」

「可哀想」

「巻き込まれた私の方が可哀想なんだけど?」

「アンタ完全にやり返してるじゃない。正当どころかむしろ過剰防衛よ」

「それは否定しない」



アシュリーの持てる知識を総動員した解説は、一応様にはなっていた。

が、令嬢はジャンと長時間一緒にいるための口実として「展示を見たい」と言ったのが丸わかりで、宝石は見つめているものの解説には全く興味がなさそうだった。

公爵令嬢ともなれば、宝石は「鑑賞するもの」ではなくあくまで「自分を飾るためのもの」のようだ。

ファムパルジュの解説には多少興味を引かれたようで一つ二つほど質問をしてきたが、反応らしい反応をしたのはその時だけ。

展示を一通り回ったところで、「もういいわ」と一言告げ、そのままアシュリーに目をやることもなくさっさと展示室を出ていったのだった。

まあ、アシュリーのような者にも申し訳なさそうに頭を下げ、慌てて令嬢の後を追った侍女の様子から察するに、一通り回るまで彼女が我慢しただけでもおそらく及第点なのだろう。



かの令嬢についてはアイラの学校でも時折話が出るらしい。

アイラの通う学校は比較的貴族の子女が多いらしく、アイラはそれなりに情報を持っていた。


サリュ・ヴェルハイツ公爵令嬢。

若くして魔力鑑定機関の副機関長を務めているヨハンソン・ヴェルハイツの、年の離れた従妹だとか。

実の両親は早くに儚くなり、父君の兄──つまりサリュ嬢の叔父にあたるヴェルハイツ公爵が彼女を家に引き取ったらしい。

10歳になったばかりの彼女は、いつかの非公式の茶会で偶然オーウェン子爵を見初め、それからあれやこれやと理由をつけてはここまで足を運び、仕事の邪魔を──失礼、一生懸命で健気な令嬢をアピールしている。

が、盲目のあまり、子爵に令嬢が近づこうとすると般若もかくやという形相で追い返すのに躍起になり、言葉遣いや振る舞いが幼児のそれになるらしい。

更に子爵と正式に婚約を結んでいるシャーロット嬢のことを悪く言ったり、子爵と交流のある令嬢に対してあからさまな無視や嫌がらせをしたり、挙句癇癪を起こしたりと、あまり良い評判はないのが現状である。

子爵が喜んで自分の夫になるのだと信じて憚らない彼女に、家人も半ばお手上げ状態なのだとか。



「じゃあ、ここんとこアンタを殺気立った目で見てるあの二組はそのお嬢様たちの侍女?」

「そうだね。サリュ嬢の方は名前までは分からないけど」


シャーロット嬢の侍女であるダリアとフィーネ。

サリュ嬢の侍女であろう二人。

どちらも主人たるお嬢様が愛する殿方につく虫を払いたいがために、アシュリーを半ば監視するために足を運んでいるとアシュリーは踏んでいた。

シャーロット嬢の方はダリアとフィーネの行動を把握しているかどうか怪しいところだが、サリュ嬢については本人公認だろう。

彼女たちはあの時サリュ嬢と一緒にいた侍女ではない。

サリュ嬢を嗜める発言やこちらに気を遣う様子をあの場で見ているから、あの侍女がこのようなことを誰かにさせるとは思えない。

サリュ嬢が別の侍女に、アシュリーの文句でも言いつけたのだろうか。



しかしまあ、正式な婚約者たるシャーロット嬢側からの警戒はともかく、サリュ嬢側から目を付けられたのは完全に貰い事故であった。

が、確かに身分ある騎士や貴族のご令嬢方に対して多少なりとも慇懃無礼な態度を取っていた自覚のあるアシュリーは、甘んじて彼女たちの態度を受け入れている。

それこそサリュ嬢が言ったように、不敬と取られその場で処されてもおかしくないほど。

頭と胴体が別れを惜しむ間もなくさよならすることがなかったのは、あくまでたまたまだ。




「ま、しばらく大人しくしてなさいよ。あたし達なんて、所詮貴族様の一存でどうにでもなるくらいには軽い命なんだから」

「レオナ、そういう言い方はよくないわ。皆がみんなそういう考え方をしてるわけじゃないって、学校で痛感してるもの」

「ああごめんごめん。でも、アシュリーが心配だからさ」

「ありがと。まあやましいことは何もないし探られても痛くないけど、しばらくは大人しくしてるよ」

アシュリーは肩をすくめた。





それから、しばらくは魔力鑑定機関別館に足を運ぶこともなく、図書館で本を借りたりおかみさんのお使いで商店街を飛び回っていたりと、いたって平凡な毎日を送っていた。

相変わらず侍女たちは店に来てはアシュリーを睨みつけて帰っていくが、毎日来ていたのが二日に一回になり、最近は三日四日空けてから来たりと、だんだんと頻度が少なくなっている。

それでもタイミングをずらしているのか逆に合わせているのか、ダリアとフィーネ、それからサリュ嬢の侍女二人の、どちらかは必ず店にいる毎日が続いていた。



──そういえば、昨日は珍しくどっちも来なかったな。

アシュリーは久しぶりの芽吹きの刻を歩きながら思い立つ。

昨晩はダリアとフィーネも、サリュ嬢の侍女たちも店に来ることなく閉店時間を迎えた。

昨日は旅の一団だという団体客が来店して殊更に忙しかったので、そのことについて深く考える余裕もないほど動き回っていたのだ。




「おや、アシュリー嬢。久しぶり」

ふと意識を割って聞こえてきた声に、アシュリーは弾かれたように振り返る。

そこにいたのはライズだった。

「ライズ様!ご無沙汰しております」

「最近、展示室に来なくなったんだって?ジャンが申し訳なさそうにしてたよ」

「ああ、いえそれは私の自業自得というか…蒔いた種でもあるので…」

「そうなの?」

ライズはくすくす笑ってアシュリーを見つめる。

大方の事情はジャンから聞いているのだろうと察したアシュリーは、話を変えた。


「そ、それより、ライズ様はここで何を?」

「ああ、さっきまで本館で打ち合わせをしていてね。昼休憩がてら散歩に来たんだ」

「本館…前から思っていたのですが、ライズ様って…」

「うん?ああ、まあ機関の職員みたいなものだよ」

「国内最難関と言われるあの試験を突破されたのですか…!すごいです…」

「いやいや」

ライズはのほほんと事も無げに返してくるが、アシュリーは目を白黒させている。

──薄々感じてはいたが、やっぱり凄い人だった…!

目の前の青年を感嘆の眼差しで見つめていると、ライズは思いもよらないことを口に出した。



「それよりアシュリー嬢、よければ一緒にお昼でもどうだい?せっかく久しぶりに会ったのだし、近況をきかせてほしい」


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