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第三話

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一般民は絶対に立ち入ることのできない二階に上がり、前を歩く二人に早足でついていく。

廊下には部屋の入口ごとに騎士が立っていて、二人の姿を見て一礼し、その後ろでつい物珍しげに周りを見回しながらちょこちょこしているどう見ても平民の少女(アシュリー)を怪訝な目で見送る。

些か座りの悪い視線を七回ほど浴びたところで、ようやくジャンとライズの足が止まった。

扉の前で直立不動していた騎士にライズが声を掛け、そのまま取っ手を捻る。

「急用だ。一時間ほどここを使わせてもらうよ」

「承知いたしました」

「ああ、私がいるから見張りは良い。代わりに、私が戻るまで階段下についていてくれないか」

「隊長の持ち場ですね。承りました」

そう言って騎士はジャンとライズに頭を下げ、すぐにアシュリー達が来た道を戻っていった。




中は小さな会議室のようだった。

部屋の中央に円卓、囲むように一人掛けのソファが四つ置いてある。

またも室内を見回していると、ジャンに笑いながら椅子を勧められた。


ソファに座ると途端に入室してきた女性が──ここの職員だろうか、それとも侍女なのかアシュリーには分からなかった──あっという間に三人分のお茶の準備をして退出していく。

あまりに無駄のない給仕に、静かに閉められた扉をぽかんと見つめていると、ライズが真剣な顔で話しかけてきたので慌てて視線を戻した。


「…それで、ファムパルジュを騙った石を売る宝石商の話だったか。アシュリー嬢、詳しく話を伺えるかな?」

「はい」



アシュリーは預かった件の品物をカバンから取り出してテーブルに置き、昨日の出来事を二人に話した。

アイラに銀貨八十枚で売られた“ファムパルジュ=エリルライト”。

それがファムパルジュではなく、ましてエリルライトでもないとアシュリーが判断した理由。

その宝石商が店を出していた露店の場所。

アイラから聞いた、その男の見た目やアイラに語って聞かせた内容、ほかの商品の品揃えについて。


ライズは相槌を打ちながらも、顎に手を添えて何かを考えている。

ジャンは時折メモを取りながら、アシュリーの話にいくつか質問を返してきたりもした。



「…それで、その宝石商は販売許可証を持っていたというんです」

「なるほど…」

いつの間にかケースを手元に引き寄せ、手に取っても?と許可を求めてきたライズにひとつ頷くと、ライズは懐から手袋を取り出して嵌め、ケースから指輪を取り出して眺め始める。

昨日アシュリーがしたように、裏返したり横から見たり、部屋のライトに透かしたり。

そういえば昨日は気が動転するあまり素手で触ってしまったな、と自身の失敗に今更気づいたアシュリーは苦い顔をした。

偽物だと食って掛かっていたし実際偽物だったものの、万が一本物だったら、他人の宝石に素手で触るなど不躾極まりない。

もう少し冷静になれるようにしないと、いつどこで足を掬われるか分からない。

アシュリーは気を引き締めた。



しばらくして、ライズは指輪をケースに納め、手袋を外して息をついた。

「…見事だ、アシュリー嬢。君は正確な眼を持っているね」

「というと、やはり?」

「彼女が今話してくれた見立ては全て正解だ。これはファムパルジュでもエリルライトでもない、ただ色を塗った水晶だ」

「やっぱりそうですか…」

アシュリーがため息をつくと、ジャンは腕を組んだ。

ライズはまた顎に手を添えながら、ひとりごちるように言葉を紡ぐ。


「被害に遭われた友人には気の毒だが、…おそらく平民には宝石の知識などないと高を括ったのだろう。それか、売りつけさえすればその後で気づかれたとしても平民には何もできないと思っていたのかもしれない。…ああ、言い方が悪くてすまない。決して君たちを貶めたい訳ではないんだ」

「承知しております。わたくしもそう思わざるを得ませんでしたから。騙すにしてはその商品があまりにも杜撰すぎる。目の肥えた貴族相手にそのような馬鹿な真似はいたしませんでしょう?つまり平民風情と、足元を見られている。無礼にもほどがございますわ」




一瞬時が止まったような気がした。

ジャンとライズは思わず顔を見合わせるが、アシュリーは構わずしゃべり続けている。

そればかりか、心なしか徐々に語気が強くなってきた。

彼女の薄紫の瞳には、明確な怒気が孕んでいる。


「アシュリー嬢?」

「それに、販売許可証とやらをわざわざ見せてきたところも怪しいものです。信憑性を持たせたかったのでしょうけれど…もし本物を見せられたところで、わたくし達は国王陛下の直筆の署名も、王家の印章も拝見したことなどございませんのよ?それが本物であるか偽物であるかなど、その場で判断できるはずもございません。つまりその男は、こちらがそれを見破る術がないことを分かっていてあえて提示してきている。随分と舐められたものですわね」

「アシュリー嬢」

「何より!オーロラの如き輝きこそがファムパルジュ=エリルライトの美しさの所以ですのよ、その名を、たかだか水晶に色を付けたくらいの石で騙るなんて!いいえ、水晶もその清廉な透明感が魅力なのです、他の宝石に比べて些か廉価であるのは致し方なく、なれど水晶には水晶の美しさと、他に劣らぬ矜持がございますわ!なのに愚かにもそれを小汚い塗料なぞで潰し、あまつさえ別の宝石の名を騙らせるなど…あの男がやっていることはすべての宝石に対する冒涜です、なぜ宝石商などと大層な名を名乗っておられるのかしら!?」

「アシュリー嬢!分かった、とりあえず落ち着いてくれ!」

半ば叫んだジャンの声に、アシュリーは拳を握ったまま固まった。


冷静にならねばと決意した次の瞬間には熱く語り始めていたのだから救えない。

しまった、と思っても時既に遅く、ライズが耐えきれないと言わんばかりに大声で笑い出す。

次いでジャンも笑い出し、恥ずかしさのあまりアシュリーは完全に撃沈して机に突っ伏した。





「はは、はははっ……君がいかに友人を大切に思っているかも、宝石に対する愛情もよく分かった。アシュリー嬢は素直で優しいのだな」

「どうしてそうなるんですの!?」

がばっと顔を上げて涙目で訴えるアシュリーを、ライズとジャンは未だひいひいと笑いながらも宥める。


「ああもう…本当に申し訳ございません…」

「いいや、思わぬところで笑わせてもらった。気にしなくていいよ」




「さて、その男を捕まえなければなりませんね。まだ王都にいるでしょうか…」

「もう出ていってしまった可能性もある、と?」

「そうだね。二度も同じ手を使うような真似はしないかもしれないし」

「取り急ぎ、露店の場を貸し出している者に話を聞いてきましょう。あの場は確か一週間単位でのみ貸し出しを行っていますから、もしかしたらまだ利用期間が残っているかもしれない」

「ああ、そうだね。だが…もし期間が残っていたとしても、騎士団が何か聞きに来たと知ったら逃げ出すかもしれないな」

「あの、それでしたら…私が聞いてきましょうか?私、あの近くの大衆居酒屋で働いているんです。露店貸し出しのおじさんとも顔馴染みなので、もしその場に相手が居合わせたとしてもさほど警戒させずに済みますよね」

アシュリーが申し出ると、二人は考え込んだ後、頷いた。

「ありがとう、助かるよ」

「実は王都外からちらほらと似たような被害の相談があったんだ。相談があった地域が日を追うごとにどんどん王都に近づいてきていたものだから、近々王都でも被害が出るかもしれないと警戒していたところだったんだが…いかんせん他の被害は夜の時間帯が多くてね、人相なんかは全く分からなかったんだ。だから、アシュリー嬢から相談されたのはまさに渡りに船だったんだよ。被害は出してしまったが、ここで確実に捕まえておきたい。これ以上の被害を出さないためにも、ファムパルジュの名を汚さないためにも」


特にジャンの最後の言葉は、アシュリーにとって効果覿面であった。

「頑張ります!」と息巻く彼女を見て、二人は些か心配になるのだった。

この子、宝石以外でそのうち騙されるんじゃなかろうか。



「早速この後、おじさんのところに寄ってから帰ります。報告は明日、朝一でまたここに来ましょうか?」

アシュリーが確認すると、ジャンは難しい顔をした。

「そうだな…やはり明日か。逃走の可能性がゼロではないことを踏まえればなるべく早く確認だけでも済ませたいところだが、いかんせんそこまで大きく動けないことを考えると…」

「あ、そうだ」

すると、ライズがにっこり笑って提案してくる。


「アシュリー嬢、たしか居酒屋で働いているんだよね?今日の夜、ジャンと僕で食べに行くよ」


「え?」

「はあああああ?」

目を丸くしたアシュリーの横で、ジャンが思いの外大きな声を出した。

よっぽどライズの提案が予想外だったのだろうか。

呆れたような、険しい顔をするジャンに、ライズはこともなげに言う。

「それが一番適当だろう?うまくいけば今日のうちに尻尾を掴めて対策まで練れるんだから」

「いや、そうだが…お前自分が言ってること分かってる?」

「分かってる」

「あのな……いや、いい。お前自分で許可取って来いよ。俺は今日の夜()()()()お前に巻き込まれるだけだからな」

「分かってるよ。アシュリー嬢、それで構わないかな?」

「え、ええ…お二人が良ければ…あ、じゃあ個室にお通しします。さすがに人に聞かれていい会話ではありませんし」

「助かるよ。暗くなってから向かう」

「でしたら、店の外でお待ちしています。あらかじめ個室で予約される方は()()()をしに来る方ばかりなので、店に入らずに個室にそのままお通しすることが多いんです」

「至れり尽くせりだな。そちらの方が都合がいい。アシュリー嬢、ありがとう」

「はあ…ライズ、お前な……アシュリー嬢、私からも礼を言う」

「いいえ。こちらこそ、しがない平民の相談事に真摯に対応してくださって、恐れ入ります」



話が纏まったところで、ふと時計を見ると一時間以上経っている。

「そろそろ戻らねばならないな。アシュリー嬢、玄関までお送りしよう。…それとも、大展示室に寄っていくかい?」

「とっても魅力的ですが…今日は他にも用事を済ませないといけなくて。今日はお暇します…」

残念です、とありありと顔に書いてあるアシュリーを見て、ジャンもライズもまた笑ってしまった。

「アシュリー嬢、こちらの品は私が預かっておこう。報告も上げねばならないし、私はここに残るからジャンは見送りをしてくれ。アシュリー嬢、また夜に」

「はい。よろしくお願いいたします」

一礼してアシュリーが部屋を出ていき、次いでジャンが退室する。



一人になった部屋で、ライズはついと目を細めて偽物の指輪を眺める。

それからペンを取り、これまでの会話を綺麗に整理していく。

粗方メモに収めたところで、ライズは多少凝った肩を回して残った紅茶を飲み干した。



ふと窓に近づき下を覗けば、一階の出入口から出ていったアシュリーが芽吹きの刻の通りへと歩いていくところが見える。

出会い頭から先ほどまでの彼女の発言を思い出して、ライズはくすくすと笑いを零した。

「…あそこまで衒いなく誉めそやされたのは二度目だ」

ライズは穏やかな眼差しを、雲一つない空に向けた。

「…彼女は、あの子と同じことを言うのだな」

その呟きは、窓に当たって空気に溶けていく。





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