幕間
我が国の歴史書『メルサバイト建国記』は、このような書き出しから始まる。
──今では“宝石の里”と称されている我が国、昔その地は「神々の金庫」と呼ばれていた。
その地には豊かな鉱脈が数多く眠り、金や銀にとどまらず、多くの宝石が採掘できる。
そしてその宝石の中には数こそ多くないが、微量な魔力を帯びたものがあった。
微量な魔力──それは例えば、病で床から起き上がれなかった少年が少しの間体を起こせるようになるとか、父を亡くした幼い子供たちの為に朝から晩まで働きづめで常に体調不良に悩んでいた女性の疲労感が和らぐとか、そういったささやかなものではあったが、手にした者に何らかの恩恵があることは確かであった。
美しく身を飾り立てるものとしても申し分なく、その上ほんの少し幸福になれる。
そのような珍しい宝の採れる場所の話に、人々は魅了され口々に噂する。
まるで、美しいものを好む神々が、それぞれのとっておきの宝物をその地に隠したようではないかと。
故に「神々の金庫」。
その土地と鉱脈から得られる莫大な財産は、古来より常に周辺諸国の争いの火種となっていた。
サー・メルサバイトは、その地で採鉱を生業としてきた集落の、長の家の出身であった。
周辺諸国の建国よりも古い、独自の歴史を刻んできたその集落は、採掘された宝石の輸出によって安定した収入を保ち、集落を存続させてきた。
だが、その平和は隣国の襲撃によって終わりを迎える。
突如として出兵してきた大国の軍隊を前に、戦火は広がり、人々や家畜は傷つき、物資がみるみる削れていく。
これまでにも集落を攻めんとしてきた国はあったが、独自に築いた戦術と地の利を用い、短期に雌雄を決することで集落は辛くもその地を守り続けてきた。
だが、今回の戦は拮抗しており、いつまで経てども終わりが見えない。
敵も味方も疲弊し、それでも武器を握りながら、誰もが絶望に蝕まれていた。
叱咤激励し兵を率いながらも、この戦況を誰よりも把握し憂いていたサー・メルサバイトは神に祈る。
すると祈りが届いたのか、彼は突如として天啓を授かった。
“地下深くで眠りにつく我の分身を地上へもたらせ。その分身が汝に力を授ける”
仲間が戦い傷つく中で地下に潜れと言われた彼は半信半疑ながら、たった一人で指し示された鉱脈に降り、そして握り拳ほどの大きさを誇る未知の石を発見する。
どこまでも透き通る、しかし底知れぬ深さを併せ持つ青い原石──
そしてそれは、それまでその鉱脈で採れていた宝石とは比べ物にならないほどの魔力に満ちていた。
その石を手にサー・メルサバイトが地上へ戻ってきたとき、眩い光があたりを包む。
その光が収まったとき、誰もかれもが思わず手を止めた。
血まみれで武器を取っていた人々の傷と疲労は敵も味方も関係なく平等に癒され、砲弾によって抉られた大地はその痛ましい痕跡を残すことなく元のかたちに戻っている。
そしてそれを人々が認識したのを待っていたかのように、晴れ渡った空に虹がかかり、花弁の雨が降り注いだという。
人々は見た。
未知なる石を天高く掲げたサー・メルサバイトに、神の祝福がなされる瞬間を。
人々は知った。
天の思召す者が、今その証を手に、この地を統べる施政者となったことを。
戦いに身を投じていた大国の兵たちは、敵方の神による祝福の恩恵が侵略者たる自分たちにも平等に及んでいることに畏敬の念を抱き、戦意を喪失してすぐさま自国に引き揚げた。
隣国の王はその後も出兵を画策していたようだが、結局実現することはなかった。
国民の猛反発に遭ったのだという。
曰く、死を覚悟して戦場へ送り出した夫が、息子が、兄弟が、恋人が、傷一つなく無事に戻ってきたことに民は大層歓喜した。
そして、「そのような奇跡の場所に再び攻め入るなどあり得ない」「神に護られた地と知って再戦を企てるなど愚の骨頂」「神の慈悲によって無傷で再び祖国の地を踏めた者たちに、その恩を仇で返してこいというのか」と一斉に蜂起し、王城を取り囲んだらしい。
大国の民衆の動きを知った近隣の全ての国もまた自国の民の反発を恐れ、この地を諦める他なかった。
こうして周辺からの横槍を抑えたかの地で、サー・メルサバイトはついに正式な国を興した。
昔から集落に住んでいた──そしてこれからはじまりの国民となる──すべての顔見知りの民の前で、サー・メルサバイトは、神に誓う。
古くから争いの火種となっていたこの地に興す新しい国を、争いのない平和の礎とすることを。
そして施政者たる自身は、神が、神が与えたもうた光り輝く青の石を通してこれからの国と施政者を常に見ていることを決して忘れないという決意を。
その意思に背くことなく、その瞳に恥じぬ治世を。
神は施政者サー・メルサバイトの誓いを受け取る。
そして彼の手にある原石に、“シスミライト”と名を与えた。
その後、シスミライトを求めて多くの者がサー・メルサバイトが天啓を受けた鉱脈に降りたが、結局誰も、青い原石のその一かけらすら見つけることは叶わなかった。
故に、その宝石とそれが纏う青色は、メルサバイト王国の繁栄を願う王家の象徴となったのだった。
サー・メルサバイトに天啓を与え、青の至宝を授けた神を、人々は敬愛を込めてこう称した。
“清栄の君”と。
そしてメルサバイト王国建国の年より200年余り──
王家の治世はいまだ堅実で揺るぎない。
豊富な鉱脈から採れる鉱石類は、目先の利益に走り過度な採掘がなされぬようにと厳しく管理され、適切な量が適切な価格で近隣各国と取引されている。
先だって見つかっていた微量な魔力を帯びた石はその研究や交易方法の模索の結果、“ファムパルジュ”と称号を与えられて流通することとなる。
ファムパルジュは国内外から求める声が殺到し、他の上質な宝石と併せて王国の交易の要となった。
それらの代わりに運び込まれてくる豊かな物資は活発に国内の経済を回し、この国には貴族と平民の身分差、それに伴う多少の貧富の差こそあれど、平民においても食うものに困るほど飢えた者はほぼいない。
王家の者は、果たしてよく出来た施政者であった。
過去に災害や飢饉が起きた時は、真っ先に兵を派遣し復興作業に当たらせ、国庫の備蓄を民に分け与えた。
王家の者は王都だけでなく、王都から遠い地に住む国民の声をも掬い上げようと、王都以外の地域に積極的に足を運ぶことを怠らなかった。
そうして王家は常に国の礎となる民を慮り、民の無事を清栄の君に深く感謝した。
その治世が清栄の君にも認められているのか、ここ100年ほどは国内で大きな災害や飢饉が発生したことはない。
ゆえに、国民の、とりわけ平民の王家への信頼は厚い。
民は清栄の君と王家一族を敬愛し、常に国の未来を祈ってきた。
王家に生を受ける御子の誕生から成長、そして公務をこなす御姿から生に幕を下ろすその時までを。
民はそれを自分の子や孫のようにつぶさに見届け、時には施策の成果を厳しく見つめ、敬愛を持って自分たちの命を、国の未来を預けてきた。
そして、今日も。
メルサバイト王国の次代を担う若者が、祝福を受ける。




