第十一話
(21/2/28)本文を一部加筆修正しました。
話の流れは変わっていません。
十二話以降を既に読んでいる方は、こちらを確認せずともそのまま続きをお読み頂けます。
──何らかの事件に巻き込まれた可能性があります。こちらで直ちに捜索を開始するので、不安だと思いますがこの件は内密に。そして彼女の無事を祈っていてほしい。明日の朝一に、その時点での状況の報告に上がります
ライズはそう説明し、別館に来ていた二人──その二人はライズの容貌を覚えていたおかみさんと、ジャンに会ったことのあるアイラだった──を一旦家へ帰した。
急ぎ本館に戻りながら、ライズは内心舌打ちをする。
他でもないアシュリーと、自分は昼まで一緒にいた。
つまり、自分と別れた後で何かが起きたのだ。
こんなことなら彼女をきちんと店まで送り届けるべきだった──
そこまで考えて、ライズははたと気づく。
王太子たる自分が、全く平民の娘に随分と入れ込んでいるものだ。
初めて耳にしたときは一笑に付したお伽話を自分がなぞっているように思えて、ライズは自嘲した。
ひとつ異なるとすれば、自身に婚約者はいない。…だが、それも「まだ」というだけの話だ。
近いうちに婚約が結ばれ、内外に正式な発表がなされることを彼は知っている。
そうなれば更に、これまでのように動くことはできなくなるだろう。
アシュリーとも、もう顔を合わせることはなくなる。
──願わくば婚約者殿が、彼女のように心安らぐ人であってほしいものだ
ライズはほろ苦く笑って、本館の通用口を抜けていった。
出迎えた職員に、会議室に案内される。
そこにはヨハンソンと、内々に緊急要請を受け召集された騎士が五名揃っていた。
立ち上がろうとした騎士たちに手を挙げて礼の不要を示し、ライズはヨハンソンに尋ねる。
「どこまで説明を?」
「ヴェルハイツ公爵令嬢の誘拐と、レイス伯爵家の関与の疑いまでです。公爵家侍女の証言に基づき、先ほどまで公爵令嬢が拐かされたとする地点から森に入る道をざっと確認させておりました」
「何かあったか」
「いえ、手掛かりになるようなものは何も。ですが、森の入口にこれが。念のため回収してまいりました」
「…!」
机上に出されたのは、ライズがアシュリーに贈ったガラスペンと、青い花の便箋を入れた紙袋。
無造作に放られていたそれは、アシュリーがここで襲われた可能性が高いことを示している。
「ご苦労だった。これは私が預かる」
「は、いや、しかし…」
「この袋の持ち主を知っている。そして先程別館に来たこの者の身内から、行方が分からないと捜索願を受けた。…恐らく、サリュ嬢誘拐に巻き込まれた可能性が高い」
その場に緊張が走った。
公爵令嬢のみならず、一般市民まで巻き込まれているということか。
ライズは皆の顔を見回すと、短く告げた。
「少しばかり、副機関長と内密の話がある。十分でいい、この場で待機していてくれ。その後に此度の作戦を申し渡す」
「はっ」
そしてライズはヨハンソンを伴って会議室を後にし、ヨハンソンに先を促す。
それだけで了解したヨハンソンは、ライズを地下の研究室に案内した。
そこはヨハンソンが個人で使っている研究室だった。
本棚や資料を詰めた箱、機械類で埋め尽くされた部屋は、しかし部屋の奥だけ不自然に物が除けられ、白塗りされた壁が見えている。
机上で繋がっている複雑な機械をヨハンソンが扱うと、ふいに壁に地図が映し出された。
「…よもや、試作品をいきなり本番で使うことになろうとは思いませんでした」
「全くだ。…始めてくれ」
二人は互いに苦笑すると、すっと地図の方に向き直る。
「…まずは状況を浚っていきましょう。公爵家の侍女の証言より、侍女が何者かに襲われ、サリュが連れ去られたのがこの場所」
説明と共に、地図のある地点に印がつく。
芽吹きの刻区内にある裏通りのひとつだ。
「我が家の侍女の証言によれば、急襲され怪我を負わされたのち、サリュと引き離され薬を嗅がされて意識を失ったとのこと。その際に、森に向かう途中で誰かを拾うというような段取りを話しているのが聞こえたそうです。そして後ほど、サリュの外出のために侍女が持っていた金品が盗まれていたことが分かりました」
「サリュ嬢のみならず、金まで奪っていったか。浅ましい」
「そして、レイス伯爵家の侍女が倒れていた場所がここ」
次に印がついたのは、最初の印から西の方角、芽吹きの刻を抜けて森へ向かう途中の道。
「拾う、とは言ったが、実際にはそこで伯爵家の侍女たちが倒れていたのか。それで関与を疑われた、と」
「はい。ただ、先ほど伯爵家の侍女たちも容体が落ち着いたようで。個別に話を聞くと、二人とも同様の証言をいたしました。…昨日、伯爵家に妙な手紙が届いたのだと」
「手紙?」
「レイス伯爵令嬢とオーウェン子爵の婚約を、伯爵家側から破棄するよう求めた手紙だったそうです。良い返事をもたらせば、我が公爵家からの資金援助を惜しまないと」
「なんだと?」
「公爵家からの手紙には必ず家紋と封蝋がありますから、それがないということは公爵家から寄越された正式なものではないと、侍女たちは正しく判断したようです。…ただ近頃、件の侍女たちは頻繁に顔を合わせては、互いにいがみ合うような状況にあったそうです。そこで伯爵家の侍女は、サリュと侍女による性質の悪い嫌がらせだと思い込んだようで…そのため、手紙に記載していた場所と時刻通りに、あの場所にいたそうです。嫌がらせをやめろと、そう言うつもりで」
「…」
「ですが、公爵家の侍女はそんな手紙は出していないとのこと。手紙の筆跡を調べさせましたが、公爵家のどの使用人とも、またサリュ本人とも合致しませんでした。伯爵家の自作自演の線も念のため辿りましたが、こちらも筆跡の合致はなし」
「伯爵家の侍女たちも我が家の者と同様後ろから襲われたようで、顔を見ていないとのこと。ただ、少なくとも四名はいたのではないかと証言しております。更に彼女たちも、金品を盗まれたと」
「……つまり、なんだ?伯爵家は何ら関係なく、何者かによる性質の悪い悪戯の手紙に惑わされて巻き込まれただけということか?」
「…今の状況だけを見れば、そうなります。ですが、結局サリュを誘拐した者が伯爵家の手の者である可能性はまだ消えていません。…ややこしいことに」
「…迅速な捕縛と事情聴取以外に、伯爵家の処遇を決定する要素はないのだな」
「その通りです」
ヨハンソンは短く嘆息すると、眼鏡を押し上げて画面に向き直った。
「…続けましょう。最後に、件の紙袋が落ちていた場所がここ」
二つ目の印よりも更に西。まさに森の入口である。
「殿下、この紙袋の持ち主をご存じということでしたが」
「ああ。先日、バルディ家の元四男を捕縛しただろう。その証拠品を提供し捕縛に協力してくれた平民の少女だ」
「なんと…」
「なぜ森の入口まで行ったのかは分からないが、…彼女は故あってサリュ嬢の顔を見知っている。たまたま連れ去られるサリュ嬢を見かけ、咄嗟に追いかけていったのではないかと個人的には考えている。…彼女ならそれくらいやりそうだ。君もあの耳飾りの音声を聞いただろう?何にも臆せず立ち回る少女だ」
「…それはそうですが……妙に肝が据わっている娘ですね……」
「違いない」
ライズは小さく笑うと、ヨハンソンに次を促す。
「この先が重要だ。頼む」
「承知いたしました」
ヨハンソンが再び機械を操る。
少しの沈黙の後、地図上にゆっくりと光の点が浮かび上がった。
それはじわじわと地図上を動いている。
しかし、点が浮かび上がったことで明るくなった二人の表情は、次の瞬間には怪訝なものへと変わる。
「…?」
「魔力の反応が、二つ…?」
地図上には、点が二つ隣に並んでいる。
一つは強く、もう一つは弱々しく光る点だ。
そして、同じ方向へ同じ速度でじわじわと動いている。
「おかしい。ヴェルハイツの月ほどの魔力量にしか反応しないはずだ。その反応が二つだと…?」
「いや、片方は随分反応が弱々しいな。誰かがファムパルジュを持っているのか…?」
「いいえ、認可されているファムパルジュ程度の魔力量には反応しないよう設定しております。そこまで拾い上げようものなら、流通しているものがあちらこちらで反応することになりますから」
ヨハンソンが独自に研究していたのは、広範囲で魔力を持つ物体を検知し、その位置をリアルタイムで割り出すというものだった。
その魔力量に応じて検知の基準を変えることが出来るように設計されており、今基準となっているのは『3,000以上の魔力量を有する物体』である。
国内外で流通しているファムパルジュが内包する魔力量はせいぜい5~10程度。
ヴェルハイツ公爵家に秘密裏に授与されたカルネの魔力量は、数年前にヨハンソンが自邸で計測した時で約5,000ほど。
つまり、持ち出されたカルネの位置だけを特定できるようプログラムされているのだ。
だが今、検知されていることを示す点が二つ浮かんでいる。
それは全く予想していなかった事態であり、二人はもう一つの点の出現に言葉を失った。
血相を変えたヨハンソンが設定を弄ると、弱々しい方の光の点が完全に消失する。
「…3,500未満。…どういうことだ?我が家の月のほかに、3,500程度の魔力量を有するものがこの者たちに盗まれている?」
「いや、他の公爵家からは何も報告が上がってきていない。それはあり得ない」
設定を3,000以上に戻すと、消失したはずの点がやはり弱々しいながらも存在を主張し始める。
「…なぜ…なんだ、これは?どうなっている…?」
他の公爵家の宝もヴェルハイツ家のカルネと同等の魔力量を持つとされているが、その宝に何かあれば王家にすぐさま連絡があるだろう。
ヴェルハイツ公爵が早馬で知らせてきたように。
つまり、存在を秘されるほどの魔力量を有したものを、王家と公爵家以外の誰かが持っているはずはないのだ。
「…いや、可能性はある、か…」
「殿下?」
「“ベルティーニの柘榴”はいまだ行方が知れていない」
硬い声で告げたライズに、ヨハンソンも沈痛な面持ちを見せる。
「あの柘榴が此度の犯人の手に渡っており、月と一緒に反応していると?」
「無いとは言い切れない。…それか全く別の、ただのファムパルジュに月の魔力が近づいたことで、何らかの作用が起き、検知に反応しているか。それしか考えられん」
「…その可能性の方が現実的ではありますね」
むしろその可能性の方が当たっていてほしい。
「…しかし、足取りと行く先の予想はこれで掴めるな。…随分呑気に進んでいる」
「よもや盗んだ石の魔力を検知して現在位置を割り出されているとは露ほども思っていないのでしょう。サリュが連れ去られたことで公爵家が動いていることは予想しているでしょうが、手掛かりはないと踏んでいるのかと」
「てっきり森を西に抜けて隣国へ逃亡するのかと思っていたが、見る限り国境には向かっていないのか。どこへ向かう気なのだろう」
「…月の存在を嗅ぎつけた何者かがサリュを唆し、サリュに持ち出させてそのまま誘拐。…そのまま足がつかないうちに王国を去り、不要になったサリュは殺すか売り飛ばすか…そう考えると予想していたのですがね」
地図上をゆっくりと動いていく点は、森を西に抜けていくために敷かれているわずかな道からどんどん外れて、南の方へ下り始めている。
「…あの森の道は獣道だが、それでも往来のために一応除草や伐採、倒木の撤去も行われているはず。それを無視してわざわざ道から外れた進みにくいところを…?」
「…いや、待て。この進路、この先のここの川の部分にはそこそこ切り立った崖があったな?先日橋が老朽化で川底に落ち、まだ架橋も完了していないと報告を受けているぞ。このまま進んだとして行く先がない。まさか…」
ライズの発言に、ヨハンソンは勢いよく立ち上がった。
画面に映し出されたものと同様の地図を引っ張り出し、乱雑に印をつけてから再び丸める。
「…直ちに騎士たちに説明し、出発しましょう。早く助けなければ」
「ああ」
日は沈み、徐々に夜の帳が落ちてくる。
その闇に紛れた複数の影は人知れず、芽吹きの刻を抜けていった。




