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第十話


「ヨハンソン!」

「王太子殿下…」

ブライトが副機関長の執務室に直行すると、ヨハンソンは実家から届いた速報に頭を抱えていた。

先ほど言伝を持ってきた騎士は部屋の外に待機させている。



「サリュ嬢が拐かされたというのは」

「事実のようです。心当たりのある場所は全て調べましたが、どこにもいません」

「嬢についていた侍女は?」

「屋敷に戻り、引き続き治療を受けているとの事です。怪我も些か深く、酷く動揺していますが、話は出来たようで」

「…レイス伯爵家の方は」

「レイス伯爵令嬢の侍女二人は当家にて身柄を確保しております。彼女たちも浅くない傷を負っておりました上、用量を大幅に超えた薬を嗅がされたために昏倒していたことが判明しましたので、まず治療を施しているとのこと。誓って手荒な真似はしておりませんが、事が事ゆえ部屋を分けて監視下に置いております。それから、伯爵家にも密かに当家の執事長を向かわせましたので、伯爵も令嬢も既に事情をご存じかと。ただ、まだ公にはしておりません。伯爵家の関与もまだ不確定、徒に触れ回られては冤罪だった場合にこちらの手落ちとなりますので」

「そうか…」

「…恐れながら、オーウェン子爵も念のため別館の会議室にて監視のもと待機させております」

「ジャンを?何故」

「本人よりそうするよう申し出がございました。まだ令嬢との婚姻を結んでいないとはいえ、伯爵家に縁のある者には違いないと」

「…ジャンらしい」

ブライトは眉を寄せて短く返した。




「…それから、王太子殿下。更に、公爵よりくれぐれも他言無用にて王太子殿下にお伝えせよとの報が」

「なんだ」

「…()()()()()、と」

「なんだと…!」



一見要領の得ないその言葉を正しく理解して、ブライトは頭を殴られたような衝撃を受ける。

ヨハンソンは蒼白な顔で頷いた。



──メルサバイト王国には、王家が建国当時から殊更に信を置く四つの公爵家が存在する。

建国者サー・メルサバイトの腹心であり、親友でもあった男たちが、そのまま公爵の位を授かり家を発展させて王家を盛り立ててきた。

そして王家より公爵の位とともに、彼らはそれぞれ宝石を授けられたのだ。


ミレージュ。

エリルライト。

アマデュロ。

カルネ。


のちに“ファムパルジュ”と正式に認可されることになるそれらの宝石の、全ての大本と言っても過言ではないと思われるほど、四名に与えられたそれは通常採掘される原石より大きく、魔力に満ち溢れた石であった。

王家の信のもと授与されたその石をもし他家に知られようものならば、争いの元になることは火を見るより明らか。

故に、表向き彼らには最も高い爵位が与えられたことのみが周知され、授けられた魔力を持つ石のことは秘されたのである。

そして誕生した四つの公爵家は、王家より直々に賜った石を厳重に管理し、宝として扱い敬った。



ヴェルハイツ公爵家もそのうちの一つ。

“月”が指すのは、月光の如き柔らかな輝きを持つカルネ。

それが雲に隠れる──ヴェルハイツ公爵は、家宝カルネが公爵家の管理下から外れた──つまり屋敷から持ち出されたことを、他人に分からない方法でブライトに報告したのだ。




「なんということだ…」

「…今朝、サリュが父の書斎に入ったそうなのです」

「は?」

「気づいた侍女が慌てて止めたところ、サリュはすぐに出てきたそうで。当主の許可なく入ってはならぬと、執事長からきつく灸を据えてその場は収まったらしいのですが」

「…」

「その後、外出前にサリュが珍しく体調を崩し、手洗いから出てこないと侍女がおろおろしていたようなのですが、程なくして出てきたサリュは何事もなかったように外出したと」

いまいち要領の得ないヨハンソンを、ブライトは胡乱げに見つめる。

「…そして昼過ぎに一度帰邸した父が、書斎から父が管理している鍵がひとつ消えていることに気づきまして」

「まさか…」

「…父は、サリュが自ら月を隠れさせたと。そう考えているようです」

「……、…それは……」

「まずは、月を覆う雲を払うことに全力を傾けると。雲が晴れた暁には、…父はサリュの放逐とともに、国王陛下に爵位の返上と家督の譲渡を願い出るつもりです」



ブライトは言葉を失う。

ヨハンソンは努めて冷静に話をしているが、その胸中は穏やかでないだろう。

ヴェルハイツ公爵家の実子はヨハンソンのみ。

つまり家督はヨハンソンに譲られるのが普通だが、彼は既に王立魔力鑑定機関の副機関長として激務に従事している。

その上公爵家を継ぐとなると、まずヨハンソンの体が持たないことは想像に難くなかった。

そこで公爵は、家に引き取ったサリュが成人するまでは自身が当主として務め、サリュに婿を取らせるとともに家督を譲ることを考えていたらしい。

だが。


「…王太子殿下もサリュの評判についてはお聞き及びでございましょう。周囲の人間を思い遣ることもせず、自身の好き嫌いのみで言葉や手段を選ばず貶める。それが自分には許されてしかるべきと疑いもしない。レイス伯爵令嬢や他の令嬢に対する浅はかで無礼な振る舞い、果ては自分より下と見た者に対するあからさまな侮蔑的態度。これらはとうに父の知るところでもございます。その行為は回り回って我が公爵家に泥を塗り続けている。…当主として、たとえ愛する弟の忘れ形見と言えど、看過できる時期はもう過ぎたと父は考えていたのです。その矢先にこの事態が起きた。…父の中では決定打だったのでしょう」

「…では、もしそうなったとして、君が家督を継ぐのか?」

「いいえ。私にはとてもできません。恐らく、父の遠縁で適当な人物を急ぎ探すことになるでしょう」

重苦しい沈黙が流れる。



気持ちを落ち着けるように目を閉じ、長く息を吐き出したヨハンソンは、頭を切り替えたのか再び元の調子で言葉を続けた。

「…ですが、サリュがどうして月の存在を知っていたのかについては父も疑問を呈していたところです。サリュが持ち出したことは取り繕いようもないと思っていますが、私共は、サリュを傀儡とし裏から手を引いている者が存在すると予想しております」

「…取り急ぎ、サリュ嬢と月の発見、そして速やかな保護に全力を尽くそう。それから、レイス伯爵家の侍女からも詳しく事情を訊き、伯爵家の関与が真かどうかも慎重に判断せねばなるまい」

「承知いたしました。騎士団にも内々に緊急任務要請を出します」

「頼む」




ブライトとヨハンソンが副機関長室を出ると、階下から機関職員の一人が駆け上がってくる。

「あっ、副機関長!恐れながら、王太子殿下と副機関長に急ぎ報告が…!」

ブライトとヨハンソンは何事かと顔を見合わせた。


「何があった?」

「別館警護の騎士から言伝です。別館に、オーウェン子爵に取り次いでほしいと申している平民二名が来ておりまして」

「…うん…?一体どのような者だ」

「中年女性と十五歳頃の少女です。『アシュリー』という名の少女について、オーウェン子爵へ取り次いでもらいたいと、それしか具体的に申しておりませんで……取り次いでよいものか副機関長に判断を仰ぐべきと、こちらに話が回ってきたのですが…」

「私が出る」

「王太子殿下!?」

ヨハンソンが何か言う前に踵を返したブライトに、彼と職員が驚く。

ブライトは「私が正しければ、彼女たちの用は“ライズ”が知っている。すぐに向かう」と背中に言い置いて、階段を駆け下りた。



本館を出るころには、ブライトの容姿は“ライズ”のそれになっている。

別館入口まで急いで向かうと、立っている二人の内、女性の方がこちらに気づいて目を見開いた。

「もしかして、以前店に来た…?」

「ご挨拶は初めてですね。ジャン・オーウェン子爵の古くからの友人で、ライズと申します。その節は大変お世話になりました」

「ああ、いえ。あの、子爵は…」

「申し訳ございません、子爵は現在別の任務に就いておりまして。ご用件がアシュリー嬢のことについてと引き継ぎの者から伺いましたので、私にお話をお聞かせください」

そう言って一礼すると、女性は戸惑ったように視線を彷徨わせ、しかしライズを真っ直ぐに見て言葉を発した。


「…うちの娘がこちらによくお世話になっているようで。実は、昼前に出かけた娘がまだ帰ってきていないのです。もしかしてこちらに足を向けているのかと思ってお伺いしたのですけれど…」

「…アシュリー嬢が…?」

その言葉に、ライズは呆然とする。



もうすぐ日没を迎える。

足元の濃い影が、徐々に伸びていく。

それになぜか不吉な予感を覚えて、ふいにライズは悟った。

──今夜が山場だ。サリュ嬢も月も、…アシュリー嬢も。


言いようのない胸騒ぎは、どんどん広がっていく。



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