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第一話

初投稿です。R15は念のため。


メルサバイト王国の王都にある平民街。

賑やかな商店が立ち並ぶ大通りから少し逸れた場所にある大衆居酒屋は、今日も方々での勤めを終えた老若男女でごった返している。




「シュー!こっちにビールを貰える?」

「はーい!ちょっと待ってね!はいお客さん、おつまみお待たせ。ごゆっくり」

「嬢ちゃん、今日も威勢がいいねェ」

「おかげさまで!はいお待たせ、ご注文は?」

「いつものやつを頼むよ、シュー」

「はいはい!お姉さん、ビールお待たせ!」

「ありがと」

「シューちゃん、後でジュースでも一杯飲みなよ。あたしにつけといて」

「ほんと?ありがとう!後で頂くわ。あらいらっしゃい!ゆっくりしてって」



次々に掛けられる声に笑顔で返しながら、テーブルとテーブルの狭い隙間を軽やかに抜けていく少女。

歳は15~16歳頃であろうか、白髪に近いプラチナブロンドは肩近くで切り揃えられ、緩やかにウェーブしたその髪は彼女がくるくると動き回るたびにふわりと揺れる。

肌の色は真っ白で、それだけに大きな瞳の淡い紫色と血色の良い唇がひときわ目立つ。

常連客に「シュー」と愛称で呼ばれるこの少女が、看板娘のアシュリーだ。


そして厨房の奥で黙々と腕を振るっている店主のおやっさんと、勘定も調理も配膳もこなすおかみさん。

家族経営のこの居酒屋は、味も居心地も抜群だと専らの評判で、席が空く日はほとんどない。



「アイラ、あっちのテーブルの注文をお願い」

「了解!アシュリー、こちらのご婦人にワインのお代わりをお願いね」

アイラと呼ばれた少女はアシュリーと同い年で、最近ここに雇われた学生だ。

朗らかで気さくなアイラはすぐに接客にも慣れ、馴染みの客にも親しまれているようだ。



「いやぁ、シューにアイラがいると疲れが吹き飛ぶぜ!」

「まったくだぜ!二人がいねぇ日は華がなくていけねぇ。なぁシューにアイラ、こっち来て酒注いでくれよぉ」

「誰が枯れてるって?おら、あたしが手ずから注いでやっからグラス出しな」

「ひっ!?おかみさんのことなんか誰も言ってねぇだろ!若い子は良いなって、それだけだよ!」

「おやじー、4番テーブルの炒め物から肉抜いといておくれー」

「おうよ。葉っぱ炙って出したらぁ」

「ごめんなさい!肉が楽しみなの抜かないで!ごめんって!」



酒が入ると無駄に陽気になる客もいるが、それもご愛嬌。

どん!と酒瓶をテーブルに置いて笑顔で威圧するおかみさんと、意外とお茶目なおやっさん。

二人の軽快なやり取りにテーブルを越えた笑いがどっと広がり、店内は今日も真夜中過ぎまで賑やかな笑い声が響いていた。







居酒屋の営業は夕方から。

昼から仕込みなどの作業があるものの、午前中はアシュリーの自由時間である。

アイラのように学校に通っていてもおかしくない年齢だが、アシュリーは学校に通っていない。


王国に生まれた子どもは、6歳から12歳までは等しく教育を受ける義務がある。

だが、その後については個人の意向や家庭の裁量に任されており、進学が義務ではない。

身分差にかかわらず、進学する者としない者は半々のようだ。

学校には通わず親について外交・社交を集中的に学ぶ貴族の子どももいるし、家業を手伝う傍ら学校で勉学に励む平民の子どももいる。



アシュリーは12歳まで学校に通ったあと、進学はせずにここまで来た。

とはいえ、家業を手伝うようになるまでは、アシュリーはかなり自由に過ごしていた。

毎日開館から閉館まで図書館にこもって学術書も小説も画集もちょっと怪しげな魔術書なんかも好きなだけ乱読したし、おやっさんとおかみさんはアシュリーに将来の選択肢を広げるための見聞をと、せっせと暇を作っては博物館や美術館にも連れて行ってくれた。

だから、アシュリーは好きにさせてくれた二人に、少しでも早く恩返しをしたいと思っている。




閑話休題。

この日朝食もそこそこに家を出てきたアシュリーは、足取り軽く“芽吹きの(とき)”まで歩いてきた。


芽吹きの刻とは、貴族居住地と平民街のちょうど間にある区域のことだ。

ここには王立の教育機関を中心に図書館、美術館などが並んでおり、ここから多彩な才能たちが未来に花開いていくのを今か今かと待っている。

そしてここは身分に因らず全ての王国民に対して開かれており、特に学生たちの憩いの場にもなっているようだ。



芽吹きの刻の中でもひときわ大きな建物の一つが、王立魔力鑑定機関である。

王家が直接設立した機関で、メルサバイト王国で採れた宝石類は全てこの機関で鑑定され、流通される。

本館の隣には二階建ての小さな別館があり、アシュリーの今日の目的はその別館にあった。

この別館、一階には大展示室が存在し、一般にも開放されている。

ここには微量の魔力を帯びた石──これらは総称して“ファムパルジュ”という称号が付けられる──をはじめとした我が宝石の里で採れる様々な鉱石が、原石からカット済のものまで全て常設展示されているのだ。



いろんな場所に連れられ様々なものに触れてきたアシュリーの興味関心を最も惹いたのは、国の要たる宝石だった。

初めて連れられてきてからというもの、アシュリーはすっかり魅入られてしまい、暇さえあればここに足を運んでいる。




別館は開放されているものの、隣の本館は国家最高機密を扱う場所でもあるため、別館の入口から大展示室、廊下や階段に至るまで、ありとあらゆる場所には常に王国騎士団の騎士が立っている。

アシュリーが入館手続きを行い大展示室に入ると、ちょうど入口に立っていた騎士に声をかけられた。


「おや、アシュリー嬢。今月四度目のご来館ですね」

柔和な笑みを湛えて軽口を叩く彼は、足繁く通うアシュリーの顔をすっかり覚えてしまったようで、会うと気さくに声をかけてくる。

王家に直属する騎士団の一員に対して遠慮なく会話をするなど、本来なら平民であるアシュリーの首などその場で飛んでしまうほどの不敬に値する。

が、この変わった騎士様はそういった事情を全く気にしないので、最初こそ恐れ多いと畏まっていたアシュリーもだんだん気にしなくなり、今では普通にやり取りをしていた。

「こんにちは、ジャン様。おかげさまで最多記録を更新しました」

「本当に宝石の鑑賞がお好きなのですね」

にっこり笑い返したアシュリーは、ふと室内を見回した。


「…今日はいらっしゃる騎士様の数が多いのですね」

「ああ、本日は常時より多くこちらに配置されております。物々しくて申し訳ない」

「そんなことございませんわ。騎士様がいらっしゃると、なんだか安心できますもの」

アシュリーの言葉に、ジャンは目を丸くした。

何か変なことを言っただろうか?

アシュリーが首を傾げると、ジャンは苦笑して「引き留めてすみません。ほら、展示ケースがお待ちかねですよ」と言ってアシュリーを促す。

「あ、ありがとうございます」

「本日も心行くまでお楽しみください」

アシュリーは早速部屋の隅に回って、端から展示をじっくり鑑賞する。




展示されている宝石は、いつ見ても惚れ惚れするほど輝いている。

どれも等しく美しいが、やはりファムパルジュの美しさは抜きん出ている。

艶やかな真紅のファムパルジュ=ミレージュ。

オーロラの幻想的な緑を切り取ったようなファムパルジュ=エリルライト。

野に咲く菫のような、儚くも強い佇まいのファムパルジュ=アマデュロ。

柔らかな月光を連想させるファムパルジュ=カルネ。

アシュリーのお気に入りはファムパルジュ=ミレージュと、ファムパルジュ=カルネである。


ファムパルジュのミレージュと、ファムパルジュではない普通のミレージュを見比べる。

魔力を帯びているというだけで、石の持つ雰囲気がこんなにも洗練されるのはどうしてなのだろう。

ああでも、たとえファムパルジュじゃなくとも宝石はやっぱり綺麗──


うっとりとケースの中を眺めていたアシュリーは、何度目とも分からぬ溜息を洩らした。

ちなみにそんな様子(何度足を運んでも彼女は毎回こうなるのだ)を見てジャンがくつくつと忍び笑いをしているのだが、いかんせん宝石を目の前にしたアシュリーには全く気付かれていない。



ふと顔を上げたアシュリーの近くでは、5歳頃だろうか、小さな女の子が母親に抱かれてケースを覗き込んでいる。

その瞳は展示されている宝石に負けず劣らずきらきらしていて、見ているこっちが思わず笑顔になってしまう。

おかあさん、これきれいね、と上ずった声ではしゃぐ女の子を、室内にいる他の客も、更に機関職員も騎士たちも微笑ましく見守っているようだ。

穏やかな雰囲気が展示室に満ちていく。


今日はあの女の子に、ひとついい笑顔を貰った。

アシュリーはその後もすべてのケースを丹念に見て回り、満足げに展示室を後にしたのだった。




実は、アシュリーは一度、この魔力鑑定機関で働くことができたら、と心の内で考えたことがある。


だが王家が直々に設立したこの魔力鑑定機関は、職員となる難易度が最も高い。

試験は筆記と実技があり、いずれも採点基準はかなり厳しい。

アイラによると、学内には毎年500人以上が受験しても合格者が5人にも満たないとの噂まであるらしい。

また、受験内容は厳密に秘匿されている。

勉強なら死にもの狂いで励めばまだ太刀打ちできるのかもしれないが、実技とはいったい何をするのか皆目見当がつかないので対策のしようもない。


更に、試験を受けるためには後見となる貴族の身元保証が必要なのだ。

王家に直接連なる専属機関である故、また取り扱うものが国の要である宝石のため。

万が一にも、他国の間者や私欲を持った人間を引き入れて不祥事を起こす(王家に真っ向から喧嘩を売るその行為を実行する度胸があるかは別として)ことがないようにと追加された受験資格である。

その万が一のことがあれば当事者だけでなく、その者の身元を保証した貴族にも厳しく責任が問われる。


貴族の子女であっても、目指すには高い壁のある王立魔力鑑定機関職員。

それを平民が志すとなると、よほど学校で好成績を維持し続け教師からの推薦を得た上で貴族の身元保証を得るか、もしくはそもそも普段から貴族とやり取りがあり実力を示すことのできる機会がある者でないと身元保証は受けられないだろう。


そんな現実を目の当たりにして、アシュリーは大それたことを考えるのはやめよう、と潔く諦めたのだった。

きっとたまにここに来て、宝石を愛でているくらいが自分にはちょうどいい。過ぎた願いは身を滅ぼす。



その代わりに、アシュリーはひとつ、これまた心の内に決めた。

いつか自分のためのファムパルジュを、自分で手に入れること。

そのためにこつこつ貯金も始めているが、道のりは果てしなく長い。

普通の宝石でもアシュリーのお給料を何ヶ月かまるまるつぎ込んでやっと手が届くか届かないかだというのに、それがファムパルジュとなると一体何年かかるだろう。

具体的な金額と年数の計算を始めたところで、遠い目をしたアシュリーは考えるのをやめた。




心の栄養と、帰り道でふかふかのパンを昼食にと補給したところで、家に戻れば今日も今日とて労働である。

手早く自分の支度を済ませ、開店準備に勤しんでいると、今日は休みだったはずのアイラが息せき切って飛び込んできた。

丹念に拭き上げたグラスを棚に仕舞っていたアシュリーは、そのうちのひとつを手に持ったまま何事かと入口に向き直る。

アイラは興奮を抑えきれないといった様子で、輝くような笑顔でアシュリーにこう告げた。




「アシュリー!私ついに手に入れたの、『ファムパルジュ=エリルライト』!」





哀れ、ぴかぴかのグラスがひとつ犠牲になった。




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