牛乳を入れないコーヒーなんて
石畳の街道に白い建物が並ぶ。 買い物帰りの銀髪の娘が歩いていた。麻袋には今にもこぼれ落ちそうにオレンジがはみ出ている。すると、少し前かがみになった拍子にオレンジがポロリと落ちる。拾おうとしてまた別のオレンジが落ちる。
「あわわ。何なのよもうっ。 ん? 何かしら?」
娘は落ちたオレンジを拾おうとして、ふと向こうを見た。ガタガタガタ!
騒々しい音を立て、街中を馬車が掛け抜けて行こうとする。程なくあの娘の前に馬車が迫る。
「どけどけ!こちとら急いでんだ!」
「きゃあっ」
うっかり足をくじいてしまう娘。立ち上がれないと見切り、両手で顔を庇う。
「きゃぁぁぁ!」
間違いなく襲ってくるはずの痛みが無い。
「あれ?痛く……ない?」
「馬鹿野郎!死にてえのか!」ガタガタガタ!
馬車の御者がお決まりのセリフを残し、走り去る。
「ふう。間に合った。キミ、大丈夫?」
桃色の髪の青年はそう言い、娘の顔を覗き込んでいる。
数拍置いて娘は自分がどのような状況なのか把握した。
娘は青年に「お姫様だっこ」されていた。
「きゃるるぅぅん」
息がかかる程の距離で絶世の美少年と目が合い、娘は目を回しそうになった。
「いいかい? ゆっくり降ろすよ?」
「ふぁ、ふぁい。大丈夫、れす」
動揺してろれつが回らない。桃髪の青年はそっと地面に娘を座らせた。
「足をくじいたんだね【ヒール】ポゥ。よし、これで大丈夫」
回復魔法により赤く腫れた部分が次第に治っていく。
「立てるかい?」
「は、はい」
桃髪の青年は手を貸すと、自分の胸にたぐい寄せる格好になり、娘の顔が自分の目の前で止まった。
「きゃ」
「ご、ごめん」
どの位見つめ合っていたのだろう?その沈黙は盛大な拍手で終わりを告げた。パチパチパチ
「やるな兄ちゃん!憎いよこのぉ!」
「素敵♡ 王子様みたい。絵になるわぁ」
周りの人たちが桃髪の青年の行いに称賛の拍手を送った。
青年は落ちたオレンジを拾い、娘に手渡す。
「あ、ありがとう……ございます」カァァ
「災難だったね。じゃあ、僕はこれで」
「あの、少しいいですか? そこの喫茶店、コーヒーがおいしいんですよ」
娘は最大の勇気を振り絞り、青年をお茶に誘った。
「コーヒー牛乳あるかな? 苦いのダメなんだよ」
「クス。案外お子様、なんですね?」