第七話:ソアの葛藤
どうも!Twitterの面白さを知り始めたShironです!
今回は題名通り少し重たい話です。書いてるこっちも悲しくなってきました。
しかし、出来映えは良いと思います!
是非、楽しんで読んでくださいな!
「君らが噂の新人冒険者か?」
俺達の帰路に立ち塞がった、五人の冒険者のうち、リーダー格と思われる青年がそう尋ねてきた。身に纏う重厚な鎧は白銀色を基調としたもので、今は夕日に照らされて、淡く茜色に染まっている。残りの四人も、比較的高価な装備を身に付けており、この町では有名な冒険者パーティーであることを語っている。
「どんな噂かは知らないが、今日冒険者登録をしたところだ。」
と、俺が答える。すると、その青年は微笑みを浮かべて言った。
「そうか! なら、分からないことが沢山あるだろう!? だから、俺達のパーティーに入らないか?」
俺の右隣で、アリシアが苦笑している。左隣ではソアが胡散臭そうに青年を見ている。
まあ、二人の意見を聞くまでもなさそうだな。
「悪いな。確かに分からないことは沢山あるが、お前達と組む気はない。それに、明日にはこの町を出る予定だしな。」
そう言って俺達は、五人の冒険者の横を通りすぎようとする。が、諦めの悪い青年が、またもや俺達の前に立つ。
「み、見たところ装備もあまり整ってなさそうじゃないか。俺達のパーティーに入ってくれれば、勿論装備も整えてあげよう!」
なんでこんなにも必死なんだ? 別にメンバーに困ってはなさそうだが……。仮にそうだとして、何故俺達のような新人を入れたがる?
「いや、俺達の装備はこれで十分だ。悪いが俺達は、お前達と組むつもりはない。」
そう言って、再びこの集団を通りすぎようとする。尻目に、その青年の顔が曇ったのを確認する。すると、今度は青年ではなく、他の四人が俺達の前に立ち塞がった。
「そろそろしつこいぞ。」
俺がそう言うと─────
「しつこいのはそっちだっ! いいからその二人を渡せって言ってんだよっ!」
いや、初耳だが……。
と、流石の俺もこの異常な状況でそんなツッコミを入れるわけにもいかず、唖然とするアリシアとソアを庇うように立つ。
「ほう。この二人を求める理由を聞いてもいいか?」
「そんなの決まってるだろ……。新人への洗礼ってやつさ。おまけにそこの二人はとびきりの上玉だ。それはたっぷりと洗礼してあげないと、失礼ってもんだろ?」
ほう。この町にはそんな風習があったのか。こいつの言うように、やはりまだ分からないことが沢山あるな……。
俺は二人の方へ振り向いて尋ねる。
「と、そう言うことらしいが、洗礼受けてくるか?」
すると、即答で
「え、遠慮しておきます……。」
「無理。」
まあ、そうだろうな。
「というわけだ。二人は洗礼を受けたくはないらしいので、それも断らせてもらう。」
……………。
「ぎゃはははははっ! 何を言ってるんだ? この状況を見て分からないのか? 君らに拒否権はないんだ。」
典型的な悪役の笑い声をあげた青年の顔には、パーティーに勧誘してきたときの微笑みは消え失せ、下衆染みた笑みが浮かんでいる。
残りの四人も、同じような顔をして俺達三人を囲っている。
「あ、あの……。悪いことは言いません、道を開けてもらえないでしょうか。その方が多分……、皆様のためだと思うのですが……。」
おいおい。どこまでお人好しなんだ、このアリシア様は。
しかし、そんな気遣いを笑い飛ばす五人の冒険者の声々。終いには、「可愛いぃ~」だの「連れ帰ろぉ~」だの……。
「この町にそんな風習があるのか、それとも貴様らの下衆な趣味なのかは知らないが───」
「ちっちゃい方もいけるなぁ。」と、ソアの方へ詰め寄る一人。その手を伸ばし───
「これ以上邪魔になるようなら、俺が洗礼してやろう。」
俺はそう言いながら、ソアに手を伸ばす男を蹴り飛ばす。警告も兼ねたので手加減はしたものの、大きく後ろまで転がり、無様に地に這いつくばっている。
それを引き金に、下衆な笑みを消した冒険者達は、それぞれの武器を手に持つ。
「大人しく渡せばいいものを……。」
そう言った青年は、刃が夕日色に染まった大剣を肩に担ぐ。
「シロン……。死なない程度に……殺して?」
なかなかに過激なことを笑顔でお願いしてくるソア。その笑顔には、憎悪の念がこもっているのが感じ取れる。
「ああ。そのつもりだ。これからも付きまとわれては面倒だからな、少し灸を据えてやる。」
俺はそう言って一歩前に踏み出す。すると───
「今夜は楽しみだぜっ!」等々叫びながら、青年と後ろで気絶してる冒険者以外の三人が飛び掛かってくる。
「ほう。美味しいものでも食べる予定だったか?」
言いながら俺は、右手を一振り。発生した強風で飛び掛かってきた三人は、逆方向に吹き飛ぶ。
「だが、その予定はなくなりそうだな。」
「おらぁああああああっ!」
青年が大剣を大きく振りかぶり突進してくる。俺は振り下ろされた大剣の刃の腹を左手の甲で叩く。すると呆気なく刃は砕け散る。すかさず右ストレートを青年の胴体に叩き込む。着ていた白銀色の重厚な鎧は、大剣と同じ末路を辿り、青年はそのまま吹っ飛んだ。
地に伏しながら、恐怖の眼差しでこちらを見る四人。
「さあ、そろそろ終わりだ。」
俺は右手に、下位魔法『火球』の魔法陣を展開する。赤々と燃える音を立てながら、火の玉が現れる。
「安心しろ、死なぬ程度に加減してやる。」
「ひ、ひぃいい………。」
右手を彼らの方へ向けると同時に、火球が発射される。熱が彼らのもとまで届くのに、ごく僅かな時間しか掛からないが、死の瞬間というのは、とても長く感じられるものだ。これは俺が、こちらの世界に来る前、十二賢神第二位、ペトロ・グリセルダとの戦闘のときに経験した。今の彼らも、もしかすると同じような体験をしているのかもしれない。
火球が彼らの目前まで迫り、放射される熱エネルギーが身体を燃やすと、そう思ったとき───
シュッ……………。
火球は、その姿を消した。
「加減をすると言っただろう。」
しかし、彼らは俺のその言葉を聞くことはなく、すでにショックで気を失っていた。
いつの間にか集まっていた野次馬からは、何故か歓喜の声。この青年達は、今までも同じようなことをこの町で行っていたらしく、周りから迷惑に思われていたらしい。それが今、こうして成敗されたわけだ。
「シロン、優しすぎ。もっと痛め付けてもよかったのに……。」
「あはは。ま、まあ、これであの人達も反省したのではないでしょうか。」
と、ソアとアリシア。ソアはどこか物足りなかったらしいが……。
その後しばらく、野次馬の群がりに捕らわれて、しばらく話に付き合わされたが、こうして明日の出発に向けた準備を完了させたのであった。
───その後、宿(追加料金を払い、もう一日分借りた)で───
「荷物の整理、終わりましたね。」
俺達三人は、俺とソアが泊まっている部屋で、明日の出発に向けて購入したものを整理していた。主にポーション類であったりする。
「ああ。これで明日は問題なく出発出来そうだな。」
「うぅ……。シロン、お腹すいた……。」
「では、そろそろ夕食を食べに行きましょうか。」
そういうことで、俺達は夕食をとるため、ギルド酒場に向かった。別に、朝食をとった宿の向かいの飲食店でも良かったのだが、明日にはこの町を去ってしまうので、折角なら、他の所でも食べてみようということになったのだが………。
「一体なんだ………。」
ギルドに入ると、老若男女の冒険者達が大勢寄せかけてきた。
「あんただろ? キースの野郎を成敗してくれなのは?」
「いやぁ、よくやってくれたよ。正直、あいつらに迷惑してたんだ。」
キース……? ああ、宿に戻る途中で絡んできた青年の名か。たしか野次馬達の話によると、今までもあんなことを続けていて、町の人達から迷惑に思われていたのだったな。
「ああ……。大したことはない。邪魔をするので少し灸を据えてやっただけだ。」
「「おおぉ!!」」
それにしても何だ。俺達はただ、夕食に来ただけなのだが……。
「シロン……、ご飯まだ……?」
ソアがお腹をさすりながら、尋ねてきた。
「ああ、すまねぇ。晩飯を食いに来たんだな。よしっ! ここはいっちょ、新人冒険者の活躍祝いに俺達が奢ってやるよ!」
一人の冒険者がそう言って、ギルド内の冒険者達に呼び掛けると、周りの冒険者達も「もちろん!!」等々、歓迎のムードが沸き上がっていた。
盛り上がっているところ悪いんだが、本当に良いのだろうか。俺達の中に、遠慮を知らないかなりの大食いが───まぁ、ソアなのだが───居るので、負担をかけることになりそうだ。
俺がそんなことを思い、少し戸惑っていると、隣に居たアリシアがそっと耳打ちしてきた。
「シロンさん、冒険者というのはこういうものです。少しくらいお世話になっても良いと思いますよ。」
そういうものか……。随分と気前が良いんだな。しかし、アリシアが言うのであれば間違いはないだろう。
「分かった。ありがたくご馳走になろう。」
俺がそう言うと、その冒険者は「そう来ねぇーとなっ!」と、嬉しそうに反応し、それに呼応するかのようにギルド酒場に居た冒険者達も、歓迎の声を上げた。
俺達三人は席につき、テーブルの上に次々と料理が運ばれてくる様子を眺めていた。
「さ、流石にこの量は想像していませんでした……。」
俺の向かいに座っているアリシアがそう呟く。しかし、そんなアリシアとは対照的に、ソアはキラキラと目を輝かせていた。
「これ、全部食べて良いの……っ!?」
「ああ。そのようだな……。だが、こんなにたくさん食べられるか?」
俺はこの次々と運ばれてくる料理の数々を眺めながら、ソアに問うたが……、どうやら愚問だったらしい。
「もちろんっ!!」
と、即答された。
ソアの大食いっぷりは、400年間何も口にしていなかったからではなく、きっと、元々かなり食べる方だったのだろう。なんせ、朝食もかなりの量を食べたのだから……。これからの旅で、冒険者として稼いでいく金の大半はソアの食事代になるだろうな。
と、俺はそんなことを思いながら、食べ始めたソアの横顔を眺めているのであった。
しばらくの間、食事をしながらわいわいと盛り上がっている冒険者達と会話をしていた。しかし、時間が経つにつれて、酒の酔いが回ってきた冒険者が増え、会話が成り立たなくなりはじめ、帰っていく人、この場で寝る人など様々になってきた。
テーブルの上に置かれた大量の料理の数々は、俺達が……と言うより、ほとんどソアがたいらげて、今では空いた皿が重ねて置かれていた。
「だいぶ遅くなってしまったな……。」
あんなにも活気に溢れ、盛り上がっていたギルド内は、数人の冒険者がクエストの達成報告をしている以外は何もなく、ただ、静けさと何処か寂しさが広がっていた。
「そろそろ帰りましょうか。」
「そうだな。」
俺はアリシアに同意し、席を立つ。隣に座っていたソアは、どうやら食べすぎたらしく、膨れ上がったお腹をさすっていた。歩くのは辛いと言い、ソアの要望で俺が宿までソアをおぶって帰ることになったのだが……。
「背負われるのも、割と辛いと思うんだが? 自分で歩くのと大差なくないか?」
そう言ったが
「そんなことはない。」
の一点張りで、俺の背から降りようとしない。
ふと空を見上げると、一面闇で覆われている。昨晩見た半月より少し膨らんだ月がその闇に浮かんでおり、無作為に散りばめられた星屑も瞬いている。
「…………。」
「シロン……。どこにも行かないで……。」
俺の背から、ソアが急にそんなことを呟いた。その声はとても寂しそうで……儚かった。
「急にどうしたんだ?」
「シロンが夜空を見上げているとき……、何処か遠くに……私の手の届かないところに行ってしまいそうな気がするの……。」
「そうか……?」
「うん……。」
そんなソアの言葉に考えさせられる。俺はいつか……一年以内に賢神界に戻らなくてはならない。こうしているうちにも、肉体がなくなり、芯魂のみになってしまったルウシェの命のタイムリミットは、刻一刻と減り続けているのだ。
しかし、俺が賢神界に戻るということは、ここにいる二人と別れなければならないということ。特にソアは、長い間封印されていたこともあり、孤独というものに恐怖を抱いている節がある。その上、“自分の価値”ということに悩みを抱えている。そんな状態で、俺が賢神界に帰ってしまえば、ソアにどれほどの苦しみを与えることになるのか、計り知れたものではない。
ソアの不安が、俺の背から伝わってくる。額を俺の背に埋め、小さな両手で強く掴んでくる。
「ソア。俺が賢神界に帰る日は必ず来る。」
ソアの身体が強張ったのが、背中伝いに感じ取れる。
「その時は、お前とも別れなくてはならない。」
「………。」
「しかし、お前にはその時、新たな自分の居場所が出来ているだろう。“自分の価値”を見つけ、自分のために生きろ。俺はその時まで、お前と共にに居てやる。」
返事はなかった。確かに、今すぐ受け入れろというのも酷な話だ。しかし、生きていく上で別れは付き物だ。俺も1000年近く生きているが、多くの配下を失った。戦死という形の別れもあるが、元々賢神と普通の人間とでは生きている時間軸が異なるのだ。歳をとらないというのは、一見素晴らしいことのように聞こえるが、その分多くの別れを経験する。
宿までの帰路で、これ以上の会話は起こらなかった。
─────私は……何のために生きているの……?
400年前まで、私はエシュタリア王国に仕えていた。私は麒麟族の生き残りで、他の人間とは違う、特殊な力を持っていた。
大昔に起きた、人間族、魔人族、亜人族の三種族間での戦争で、亜人族は他二族に蹂躙された。亜人族に分類される麒麟族も、この時に多く殺され、残されたのは僅かな人数だったらしい。
しばらくして、神によって召喚された『異界の勇者』なるものが、魔人族の王、魔王を倒し、戦争は終結したらしい。私もその時代に生きていたわけではないので、詳しいことは分からないけど、空いた魔王の座に、新しい魔王が即位したらしい。その後異界の勇者はどうなったのか……よく分からないけど、私が産まれてからは大きな戦争は起きていない。
生き残った麒麟族は、エシュタリア王国によって保護されることになった。その代価として、麒麟族は王国に仕え、その身に持つ力を王国の発展のために使う契約をしたらしい。そして、その末永である私も、物心ついた時には既に王国のために仕えていた。
麒麟族は生命力の無限生成という体質上、個人差はあるが、ある一定の年齢になってからは、年をとらなくなる。つまり、王国にとったら、消えない労働力として、とても有効なものだったのだ。
しかし、当時の私はそんなことを知る由もなく、当然のように毎日仕えていた。お母さん、お父さん、別の家族数世帯と一緒に。
仕事の内容は様々。魔力で稼働する系統の機械や兵器に、ひたすら魔力を送り込む。亜人族ならではの、動物との親和性の高さを利用した、馬などの調教と飼育。生命力を生成し、広大な田畑に流し込み、作物の成長を加速させる。他にも色々……。
でも、別に辛くはなかった。大変だったけど、それが日常だったから。それが当たり前だったから。
楽しみもあった。それは食事。国が用意したという麒麟族が集まって暮らす場所に、私の家もあった。国に仕えることで、どれくらいのお金が貰えていたのかは知らない。でも、そのお金で食材を買い、お母さんがよく作ってくれた、野菜たっぷりのシチューはとても美味しかった。
「お母さん! 私にも手伝わせてー!」
「あら、ありがとう。そうねぇ……なら、お野菜を切ってくれる?」
「うん!」
私はお母さんの料理をよく手伝っていた。時々、シチューに入れる野菜を切らせてもらったりした。お母さんのように、整った形に切ることは出来なくて、不格好に切られた野菜……。でも、そんな野菜でも、とても美味しいシチューの一部になる。
「お父さん! このシチューに入ってる野菜、私が切ったの!」
「へぇ~! すごいじゃないか! どれどれ……。んっ!美味しいぞ!?」
「ほんとっ!?」
「ああ。美味しく出来てるぞ!」
しかし、そんな日々は突如として消えてしまった。
数名の麒麟族が、魔族の国『グラナード王国』との国境付近で起きている、小さな争いへと駆り出された。なんでも、麒麟族の力を利用した新兵器を開発し、その実験も兼ねていたらしい。駆り出された麒麟族の中には、私のお父さんもいた。
何分遠くに行くので、帰ってくるのに数日かかると言っていた。しかし、一週間、二週間経っても全く帰ってくる気配がない。帰りを待つ麒麟族は王国に聞いた。
“彼らはいつ帰ってくるのか。”と。
すると、あまりに衝撃的な答えが返ってきた。
“帰ってはこない。死んだんだ。”
その情報は麒麟族中に広がり、私の耳に入ってくるのはそう長くはなかった。
悲しみと焦燥に駆られた麒麟族たちは、王国に歯向かった。しかし、大した被害を与えることも出来ずに、呆気なく鎮圧された。それがきっかけで、麒麟族は皆、処刑されることになった。
器に入れられた液状の毒を、皆で一斉に飲まされた。いかに生命力を生成出来る麒麟族でも、一気に毒を大量摂取すると、生み出される生命力では毒の侵食に間に合わず、死ぬ。
皆がバタバタと倒れていく。隣では、最後に「ソア……来世では幸せに生きましょう。一緒に。」と言葉を交わしたお母さんが口元から血を垂らして倒れていた。
「いやぁ……。い、いやぁああああああああああああああ!!!」
お母さんの姿を見た私は、断末魔の叫びを上げて頭を抱えた。
そろそろ私にも毒が回ってきた頃だろうか……。あぁ、お母さん……お父さん……っ! また、逢えるかな……。
しばらく時間が過ぎた。なのに何故か私はまだ生きている。とっくに毒が私の身体を壊しきっているはずなのに。
私はどうやら先祖帰りだったらしい。他の麒麟族より、魔力生成も生命力の生成も、遥かに効率よく出来るらしい。それによって、毒が私の身を壊すスピードを上回る形で、生命力が生成されたらしい。
あぁ……。ここで死ぬことが出来れば、どれほど楽だっただろうか……。
私はその後、あらゆる方法で処刑を試みられた。しかし、最終的に私を処刑することは叶わなかった。
こんなに痛みを味わっても死ねないの……?
何度そうやって同じことを思っただろうか。
そして、エシュタリア王国の外れ、今現在トルドの森と呼ばれている所に地下迷宮を造り、その最奥に私は永久に封印されることになった。
数百年経つと、この迷宮の上、地上に人が通ることが多くなった。冒険者だ。森の近くには『グルーナ』という町ができ、そこのギルドに寄せられる依頼を受けた冒険者が通るのだ。
私は森に来る冒険者たちにテレパシーで何度も呼び掛けた。「助けて。ここから出して。」と。しかし、迷宮内、それも地下のところから地上を歩く人には上手く届かなかった。
何度も挑戦をしてみたが、テレパシーが伝わったことは一度もなかった。どれくらいだろうか。テレパシーを送るのを諦めてから、たった期間は。400年はたった……か……。
いつまでこんな日々が続くんだろう。いつまでも? 世界が終わるまで?
そんなことを思い続けていた。
しかしある時、突如地上に膨大な魔力を感じた。地面越しにも伝わってくるこの魔力。これ程の使い手なら、もしかすると私に気が付いてくれるかもしれない。そんな淡い期待を胸に、“これが最後”と思ってテレパシーを送った。
伝わった気がした……。
私のテレパシーが弱すぎて、向こうから私を特定してテレパシーを返してくれることはなかったが、私の送ったテレパシーには気が付いた。そんな気がした。
その、恐らく最初で最後の希望である“その人”がここまでやってきてくれるのを期待しながら、私は待った。
しばらくして、400年ぶりにこの最奥の部屋の重厚な扉が開いたのだ。幾重にも封印魔法が張り巡らされた扉を物ともせず、悠々と足を踏み入れてきた、白髪の青年。
彼は私の話をきちんと聞いてくれて、封印を解いてくれた。私は名前を聞いた。すると彼は答えた。
「シロンだ。」
と。
その黄色の双眸で見つめられると、何故かとても安らかな心地になった。そして、同時に思った。
あぁ……。この人も私と同じくらい辛いことを経験してきたんだ。
何故なら、その人、シロンの瞳は曇っていた……いや、死んでいたから。
だから、この時から思った。私はシロンに助けてもらった。だから、今もなお死んだ瞳をしているシロンを、今度は私が助けよう、と。
だから、シロンが自分の世界、賢神界に帰ることで救われると言うのなら、私はそれを否定するわけにはいかない。
……………。
否定しちゃ……いけない……っ! シロンを助けるためにもっ! でも……離れたくないっ!
葛藤が、私の心のなかで膨張していく。
─────宿の俺とソアの部屋で─────
先程廊下でアリシアと別れ、ソアを背におぶったまま帰ってきた。相変わらず無言のソアをソファーに置く。
「ソア、先に風呂に入ってこい。俺は明日の準備を整えておく。」
ソアはこくりと首を縦に振ると、とことこと浴室に向かっていった。ソアが出たあと、俺も入り、あとは寝るだけなのだが……。
俺が浴室から出て部屋に戻ると、明かりが消された部屋の中で、ソアがソファーで寝ていた。
「昨夜もベッドで寝ろと言っただろ……。」
俺はそう呟きながら、ソファーに寝ているソアを抱き抱えて、ベッドに移動させる。ソアの身体に布団を被せ、俺はソファーへと向かう。
すると─────
ぎゅっと俺の服の裾が握られる。この部屋には二人しかいないので、握っているのは勿論ソアだ。
「何だ、起きていたのか。」
「……。」
ソアが、眠気を感じさせないぱっちりと開いた紅い瞳で、俺を見て言う。
「ずっと一緒……。」
「ん?」
「私も……シロンに付いて、賢神界に行く。」
「なっ!?」
ソアの突然の発言に、少し驚く。まだ帰れるか決まったわけでもない所に、俺と共に行くと言うのか。
「前にも言った……。私の居場所はシロンの所。シロンがどこに行こうと、それは変わらない。」
確かに、トルドの森の地下迷宮でお前を助けたあと、地上でそんなことを言っていたが……。
「ソア。向こうはあまりお前に適した環境ではないかもしれないぞ?」
「それでも良い。」
「向こうにお前まで行ける保証もない。」
「それでも行く。付いて行く。」
「向こうで、俺はお前の求めるものに答えてやれないかもしれない。」
「シロンはいつも、十分応えてくれる。」
ソアの決意は固いようだ。恐らくまだ、説き伏せて諦めさせることも出来なくはないだろう。しかし、こんなにも健気に言ってくるものを、どうして断ることが出来ようか。
「ああ。分かった。賢神界にお前も連れて帰ろう。」
「ほんとっ!?」
「ああ。二言はない。」
とても悩んだのだろう。俺のその言葉を聞いたソアは、紅い瞳を潤めた。次第に大きな粒となった涙が、彼女の頬を伝った。
「なら、証拠を示して?」
「証拠?」
「今晩は一緒に寝よ?」
今晩も、の間違いではないだろうか。一瞬そんなことが脳裏に浮かんだが、それは果たして証拠になるのだろうか、という疑問の方が大きかった。しかし、ソアがそれを証拠として受け入れるのであれば、少しばかり恥ずかしさもあるが、断る必要はないだろう。
俺は了解の意を示し、ソアの隣に横たわった。ソアの滑らかな脚など、所々肌と肌がふれあう部分があり、そこから彼女の熱が直に伝わってくる。また、美しい黄金色の髪から良い匂いが漂ってきて、鼻腔を擽る。
その後何も語ることはなく、俺もソアも次第に眠気にとらわれて、そのまま意識が遠退いていった。
どうでしたでしょうか?
ソアの過去もなかなか辛いものでしたね。
次回の展開も気になってくれたでしょうか?そうであれば幸いです!
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