第五話:グルーナ②
どうも!今回はきちんと予定通りに更新を成功させたShironです!
いやぁ、実はですね、私の小説を読んでる人って皆無だと思っていたのですが、何人読んでるかのデータを見られる機能を発見したところ、多くの読者が居ることが分かりました!!
嬉しいっ!
これからも頑張っていきますので、どうかよろしくお願いします!(コメントもよろしくねっ!)
「俺はシロン・ヴィルヌーヴ。賢神界の追放者だ。」
俺がそう言うと、二人は怪訝な顔をする。
まぁ、流石にこれで説明を終わらせる気はない。取り敢えず結論として言っただけだ。
「賢神界………?」
ソアが怪訝な顔で未知の単語の意味を聞いてくる。恐らくアリシアも同じことを思っているだろう。よし、説明はまず賢神界のことから始めなければならないようだな。
「賢神界とはこことは違う世界、つまり異世界だ。そして俺はその世界の住人だ。」
住人だった、と言った方が正しいのだろうかなどと思ったが、今は細かいことは置いておこう。
「つまり……、シロンは異界人………?」
ソアが愕然とした様子で目を丸くして聞いてくる。比べてアリシアは、その事はすでに知っていたので、今はその点に関しては特に驚いている様子はない。
俺は「そういうことだ。」とソアに返して、再び話を続ける。
「賢神界の詳しい説明は後回しだ。取り敢えず、大まかに俺がこの世界に来た経緯について話す。」
ソアも一旦驚きを仕舞い込んで、二人の意識がこちらに集中する。
「俺はその賢神界という世界で、十二人居る賢神の中の一人だった。賢神達はそれぞれ自分の国を持っていて、国の発展と平和の維持に努めていた。」
そこまで言うと、俺の正面に座っているアリシアが軽く挙手をして質問をしてきた。
「その世界には国が十二個存在していて、賢神というのはその国を治めている王様……という解釈でよろしいのでしょうか?」
「大体はそんな感じだ。厳密に言うと国は十二個だけではなく、無所属民と呼ばれるどの国にも属さない者達の溜まり場のような所が存在している。」
少し訂正をいれながら答えると、納得した様子でアリシアは挙げていた手を下ろした。
「しかし、十二人の賢神、十二賢神の中で野心を抱く者が居た。それが、十二賢神序列第二位のペトロ・グリセルダと第四位のクロム・エノヴェータという者だ。その二人は協同して序列十二位のロヴィア・ペルグリフを暗殺した。」
そこまで話を進めると、今度は俺の左側に座っているソアが質問をしてきた。
「何のために………?」
まぁ、そうだろうな………。と来るであろうと予想していた質問が案の定飛んできた。しかし、理由については実のところ俺もよく知らない。戦った時にもう少し情報を引き出しておくんだったな………。
俺がそんなことを思いながら、返事を考えていると。
「自分の国を大きくするため……ではありませんか?」
とアリシアが言う。
ふむ。それを結論とすれば筋は通っているように感じられるが、それは違う気がする。
「いや、それは違うな。十二賢神間で不可侵の契約が結ばれている。もしそれを破るようなことがあれば、賢神の座はおろか、死罪もあり得るかもしれん。」
俺がそう答えると、さらにペトロとクロムの動きが不可解に感じられ、ソアとアリシアは一層怪訝な顔を深めた。
気持ちは分からんでもない。実際俺も分かっていないのだから。ロヴィアの命を奪ったのは、それ相応の目的があるから。それが国力増強でないとすれば一体………。
この部屋に一時の沈黙が降りたが、改めて話を続ける。
「理由は俺にも分からん。だが、あの二人が何かを企んでいるのは確かだった。俺はその事について話そうと、二人との会談を予定していたのだが、その前日に、俺は序列六位のルウシェ・エリエルという者と長い間話していてな、日が沈んだ頃に解散したのだが、どうやらその帰り道にでも襲われたのか、彼女は誘拐されてしまった。」
……………。
アリシアとソアは、事のあまりの大きさに目を丸くしている。
「犯人はペトロとクロムだった………。その事を翌朝に知った俺は、急いで会談予定の場所に向かった。そして、冷静を失っていた俺はすぐに交戦体勢に入った。」
俺は右手を自分の目前まで持ってくる。
「この手でクロムの身体を貫いた………。そして……跡形もなく焼き払った。次は貴様だと言い怒りに任せてペトロと戦い互角の戦闘がしばらく続いた。だが、俺は自分の力に過信していたんだ。それが原因で劣勢に追い込まれた俺が止めを刺されそうになったとき、最後の力を振り絞ってルウシェが俺を守った………。」
一呼吸置いて、頭の中にあの時の出来事を思い起こさせながら話を続ける。
「力を使い果たしたルウシェは、その姿を光の粒子に変化させ消えていった。肉体が滅んだのだ………。俺は絶望の底に叩き落とされた。そして、ペトロが俺に賢神を裁く魔法を使った。その魔法は、かけられた者の罪に相応する裁きを与えるものだった。」
俺は自分の体験した出来事を全て話し終えると、目前まで持ってきていた右手を下ろす。クロムを貫いた右手を。彼女を守ることが出来なかった右手を………。
沈黙を最初に破ったのは、ソアだった。
「気になる表現があった。肉体が滅んだ………って………。」
良いところに気がついたな………。と少し感心しながら答える。
「ああ。肉体こそ滅んだが、別に死んだわけではない。この世界でも共通のはずだが、生物は皆芯魂というものを持っていて、それが滅びない限り死んだとは言えない。蘇生することが可能なんだ。」
そう。これこそが一筋の希望。あの時は助けられなかったが、次こそは必ず助けてみせる。
しかし、そう長くは構えていられない。芯魂だけで生きていられる時間はそう長くはないからだ。その長さは人それぞれの芯魂の強さによって異なってくる。
十二賢神であるルウシェなら、長く見積もって二年……と考えたいところだが、実際のところ一年半持つか持たないかくらいだろう………。
「なら……、シロンはその人を助けるために戻るの………?」
ソアがどこか寂しそうに言う。
「そのつもりだ。」
と俺は答える。そのために俺は再び立ち上がったんだ。あの時、あの森で絶望と後悔に溺れて死のうと思っていた俺は、ルウシェに似た目をした彼女に助けられた。その時から何かが動き始めたんだろうな。少しでも救うことが出来る可能性があるなら………と。
「そう………。」
とソアが答える。しかし、その声は今にも消えそうな灯火のごとく弱かった。
さて、そろそろ本題に入るとしよう。あの森での戦闘の中で気になったこと………。
「アリシア、この世界には異界人の伝承があるのか?」
と俺が聞くと、アリシアは驚き、目を丸くして「ど、どうしてその事を知っているのですか!?」と聞き返してくるので、「あの森に人語が話せる魔獣が居てな、そいつが言っていた。」と答える。
「なるほど………。」と言って納得したアリシアは、一呼吸置いてから再び話す。
「実は、私もその事でシロンさんにお話をと思っていたのです。」
ほう。なかなかな奇遇だな………。
「このエシュタリア王国には古くから伝わる伝説があります。その伝説の中に登場するのが『異界の勇者』です。」
「異界の……勇者………?」
特に聞き覚えのある単語ではないが、『異界』という部分が気になる。
アリシアは話を続ける。
「はい。そして私はシロンさんがその人物ではないかと考えています。」
……………。
………。
…。
は? いやいや、ちょっと待て。確かに異界人ではあるが、全くもって『勇者』などではない。むしろ罪を犯した『罪人』なのだが………。
そんなことを思ってしまいながらも、一応異世界にまつわる話なのだろうから、この情報はかなり役に立つだろうと考える。
「ま、まぁ、俺がその人物かどうかは後にして、その伝説はどんな話なんだ?」
そう聞くとアリシアは、「では、簡単にお話ししますね。」と言って目を閉じた。
窓はカーテンで閉ざされているが、外は夜の静けさに包まれていて、道を歩いている者はあまり居ない様子が窺える。
部屋の明かりはいくつかの場所に設置されている魔石で、ソアと出会った地下迷宮に設置されていたような感知式の物ではなく、水に触れると発光するというものだ。なので、ガラスで出来た容器に水を溜め、その中に小さな魔石を入れて使っている。しばらくすると、魔石が発光しなくなるので新しい物を入れなければならない。
一つの明かりが小さくなり、部屋が少しだけ暗くなる。そして、アリシアの声が明瞭にこの部屋を満たした。
「昔、この世界は三つの種族、人間族、魔人族、亜人族が共に暮らしていました。しかし、その平穏な時は長くは続かず、種族間で争いが起こるようになり、それぞれ国を持つようになりました。しかし、もともと力の弱かった亜人族の国は、人間族、魔人族に蹂躙され、すぐに滅びました。残り二国となり、さらに戦争が激化し、遂に日の光さえ届かなくなる腐敗した世界となってしまいました。」
消えかかっていた一つの明かりが完全に消えた。するとソアが席を立って、その明かりの中に新しい魔石を入れる。再び明かりが灯り、少し部屋が明るくなる。そして、ソアも席に戻った。
アリシアは話を続ける。
「更なる力を手に入れるため、魔人族の王、魔王は多くの犠牲を払って強大な魔法を完成させました。それからというもの、魔人族は優位に立ち、人間族は危機に瀕していました。魔王のあまりの暴虐に見兼ねた神は、異界より勇者を召喚し魔王を討ち果たしました。」
……………。なるほどな。神が異界から………。
「しかし、なぜ神とやらは自分で魔王を倒さなかったんだ?わざわざ異界から勇者を呼ぶ必要などなかっただろう。」
そう、大まかに説明されただけで詳しくは分からないが、これを聞いた限り不自然なところがいくつか存在する。その一つがこの事だ。
アリシアは俺の問いに少し戸惑って答えた。
「神は偉大な御方なので、何かお考えがあったのではないですか………? すみません、そこまでは知らなくて………。」
「そうか………。」と少し残念だったので声を漏らすと、 アリシアが「でも………、」と続けた。
「王都にある大図書館なら、その伝説について詳しく書いてある書物もあるはずですよ。」
それだ………。そこに行けば、戻る手懸かりが掴めるかもしれない。
「よし………。そうしよう。」
と俺が新たな目的を決めると、ソアが隣から声をかけてくる。
「王都に行くの………?」
「ああ。」と答えて、俺は席を立つ。
「明日……は流石に急ぎすぎか。明後日にはこの町を出発したいが構わないか?」
そうソアに問いかけると、「ん………。」と言って頷いた。
だいぶ遅くなってしまったな………。ソアも疲れているだろうしそろそろ休むとするか。
部屋に戻るぞ、という意を込めてソアの頭にぽんと手を置き部屋を出ようとする。アリシアに「今日は色々と世話になったな。」とお礼を言うと、「私は何も。」と答えた。「お礼をしたいところだが、見ての通り何も持っていないのでな、申し訳ない………。」と謝ると、アリシアが少し駆け寄ってきた。
「でしたら………。わ、私もシロンさんの旅に連れていってはもらえませんか!?」
と、何となくではあるが予想していた言葉が飛んできた。俺は「いや……、俺の旅は少し危険─────」とそこまで言うと、アリシアお得意の追撃が割って飛んできた。
「実は私、王都の出の者なのですが、そろそろ帰ろうとしていたところなのです。それに、足手まといにはならないと思いますよ。」
と壁に立て掛けてある剣を見て言った。
何という完璧なお願いの仕方なのだろうか。否定する要素も無いので俺は「分かった、俺もそれくらいしか恩の返し方が思いつかん。」と了承した。
部屋を出て隣の部屋の扉のノブに手を掛けた時、アリシアが自分の部屋の扉からひょっこり顔を出して声をかけてきた。
「そういえば、ソアさんはそちらの部屋で寝るのですか? 良かったら私の部屋でも………。」
素晴らしいタイミング! そうだ、これで正しい部屋の分け方が出来る。俺はこれに臨場して
「そうだなソア。言葉に甘えてアリシアの部屋で休むといい。その方が気楽に─────」
が、ソアが割って入ってくる。
「大丈夫………。私はシロンの部屋で良い………。」
なっ………。ここは普通「分かった……、そうする………。」っていうところだろう。なぁ?アリシア………。
「そうですか、分かりました。ではお休みなさい。」
おい………。いつも通り追撃しろよ。
などと思いながら、「お休み………。」と返して自分の、いや、自分達の部屋に戻った。
ソアが容器に魔石を入れ、明かりをつけると「お風呂……どうする?」と聞いてくる。
400年ぶりの風呂だろうし、先に入れてやるか。
「先に入って良いぞ。俺は後から入る。」
そう答えると、ソアはとても嬉しそうに笑みを浮かべて「分かった。」と言って浴室に向かうべく、一緒になっている小さな洗面所の扉を開けた。
俺はその間何をしていようかと考えていると、浴室からソアが声をかけてくる。
「シロン……、一緒に入る………?」
その言葉に思わず噎せてしまった。なんて事を言い出すんだと思いながら「結構だ。」と答える。「なら……、覗いたら駄目……だから………。」と言う。それ以降声はかかってこず、水の音だけが微かに聞こえるだけだった。
俺は、なら……って何だ。と思いながら、窓を開けた。
夜風が俺の顔を撫でる。そこからの町の風景は、街灯と、いくつかの建物から漏れる光が見えるものだった。昼間のように道行く者はほとんど居らず、皆寝静まっているのが窺える。
一方空は、昼間と違い活気に溢れている。星々が瞬き、何かの会話をしているようにも見える。そして、大きな存在感を放ち、浮かんでいる半月は彼らの主人だろうか。しかし、もう半分は何処へ?
あるべき半分は暗闇に閉ざされている。
……………。
俺が居なくても、ハイレドリアはしばらくは大丈夫だろう。俺が公の場で姿を現す機会は今までもそう多くはなかったので、民もまだ俺が消えたことに気付いてはいまい。
まぁ、城に仕えていたものは心配しているだろうがな………。
奴は一体何が目的なんだ………。
そんなことを考えながら夜風に当たり、星空を眺め物思いに耽っていると、風呂から出てきたソアが「ふぅ~~」と間抜けな声を漏らして近付いてくる。
ソアは、これもいつの間にかアリシアが買ってくれていた物であろう寝間着用の薄手のワンピースを着ていて、身体からはまだ少し湯気が出ている。
「お風呂……空いた………。」
と言って、俺の隣まで歩いてくる。
「賢神界の事……、考えてるの………?」
まだ出会って一日しか経っていないのに、よく俺の考えていることが分かったな。いや、顔に出やすいのだろうか? ルウシェも、俺の考えていることをよく言い当てていたものだ………。
などと思いながら、「ああ。」と返事をする。
俺は窓とカーテンを閉める。隣に立っているソアの方を見て「風呂に入ってくる。」と一言言い、ソアの「ん。」という肯定の返事を聞いてから、洗面所と一体になっている浴室のある方へ向かう。
あ、そうだ………。
洗面所の扉のノブに手を掛けたまま、俺はソファーに座っているソアの方に向いて言う。
「今日はもう疲れただろう。先に寝ているといい。お前はベッドを使え。俺はソファーで寝る。」
この部屋にはベッドが一つしかないので、二人で泊まる用ではないのだろう。
しかし、ソアは頭を振って答える。
「うんん。シロンがベッドを使って。私がソファーで寝る。身体も小さいし………。」
「駄目だ。明日は出発するための準備をしないといけないから忙しくなるぞ。唯でさえ体力が無いんだから、睡眠くらいしっかり取れ。」
「じゃあ、一緒に─────」
「寝ないぞ。」
大体ソアが次に言うことが分かったので、言う前に否定した。ソアは「うぅ………。」と無念の声を漏らしている。俺は気にせず洗面所の扉を開けた。
それから数十分後─────
一通り身体を洗って、湯槽………は残念ながら無いので、天井に取り付けられているシャワーから出る湯を頭から被っている。
普段入っているハイレドリア城の浴室は、ここのものとは桁違いに広いので、今は結構な圧迫感があるが、しばらくはこういうのに慣れなければならない。
「………。」
タイムリミットは約一年………。
それまでに賢神界へ戻り、ルウシェの芯魂を見つけて蘇生しなければ、彼女は助からない。
俺は前方の壁にある円形のスイッチを押し、シャワーから出る湯を止める。すると、先程までの、湯が俺の身体や床を打つことで発せられる賑やかなシャワー音が消え、跡には静寂に水滴が垂れる音を付け加えただけの寂しげな空間が、この狭い浴室に広がった。
「さてと………。」
浴室から出て、洗面所で濡れた身体を拭き、髪を魔法で乾かし終わった俺は、明日に備えてゆっくりと寝るため、部屋に戻ってきた。
「先に寝ていろと言ったはずだが?」
とっくにベッドで寝ていると思っていたが、ソアはまだ起きていて、ソファーに腰掛けていた。
魔石の効果が切れたのだろうか。部屋に明かりは灯っておらず、ただ、カーテンの閉まっている窓の向こう側の街灯などによる明かりがぼんやりと窓の辺りを照らしているだけだ。
ソアはソファーから立ち上がって俺の方に歩み寄ってくる。何故か何も言わないソアは、俺の右手を取ると、ベッドの前まで導いた。そして、そこに座るように促され、俺はベッドに腰掛けた。
相変わらず無言のままのソアは窓の近くまで行った。ぼんやりとした淡い光が、ソアの姿を包み込むようにして写し出す。そして、その光を纏うソアの金色の髪は、あたかもこの暗い部屋の中で自ら光を発しているかのように見える。
「ソア………?」
俺の声が部屋の静寂に溶け込む。
窓の方を向いていたソアは、横顔を向けて俺の声に反応する。彼女の紅い瞳が美しく輝いていて、その金色の髪とのコントラストが映えている。
「どうかしたのか?」
再び俺の声が部屋の静寂を横切った。
するとソアは、完全にこちらに身体を向ける。
「………。優しく……して………。」
遂に口を開いたソアから発せられた言葉の意味が良く理解できなかった。
優しく………? ふむ、今まで冷たく接した覚えはないのだが。他に何か意味があるのだろうか。
そうソアの言葉の真意を考えていた俺は、再び彼女に視線をやると頭の中が一瞬にして真っ白になった。
ソアは自分の首の後ろで結んでいたワンピースから伸びている紐をほどいたのだ。身体に纏う力を失ったワンピースは、重力に任せて床に落ちた。そして、その後に残った白い肌を露にしている少女が、ゆっくりと俺に近付いてきた。
「おっ……おい………。」
突然の事に思わず声を漏らす。
どんな窮地でもこんな情けの無い声は出したことがないが、今この瞬間は、俺の生きてきた中で五本の指に入るくらいの一大事だ。
戦闘での窮地は、どうにかして形勢逆転を狙おうと模索して答えを導きだそうとするが、今は何故か考えることが出来ない。強敵との戦闘より厄介な状況だ。
まさか、この俺がこんなことで冷静を失うとは思ってもいなかった。
そんなことを考えている間に、すぐ目の前まで来たソアが片手を伸ばし俺の胸に触れた。
「ソ……ソア………。」
「シロン……、意外とこういうことに弱い………。」
言いながらソアは、俺の身体に乗り掛かった。油断していた俺は、そのままベッドに倒れ込む。身体の上に乗っているソアが再び口を開く。
「シロン……力抜いて………。」
このままではっ………。
「─────っ!」
俺はソアの両肩を掴み、隣に押し倒して一時的に危険な状況から免れた。同時にソアの身体の上に跨がることになってしまったが、何とか優勢に持ち越したお陰で、冷静さが少しずつ戻ってきた。
「っ………。」
彼女は俺に押さえつけられて動けない状態にある。さっきまでの積極性は無くなり、むしろ顔を横に向けていてどこか怯えているように見えなくもない。
「ソア。何の真似だ。」
彼女は口をつぐんだままだ。
「何の真似かと聞いている。」
少し強めの口調で問うた。彼女の身体が一瞬強張ったが、まだ口を開かない。
「答える気が無いならそれでも構わん。お前の思考を読み取るだけだ。」
俺は上位魔法『記憶透視』を発動させようとした。すると、
「義務………。」
俺は魔法の発動を中断し、彼女の言葉に返す。
「義務? どういう意味だ。」
「そのままの意味………。奴隷が主人に奉仕するのは当たり前………。」
は?
何故そうなった。まず、奴隷というものを所有したことが無いため、そういった義務があるのかどうかはよくは分からないのだが、前提として、ソアを俺の奴隷にした覚えはない。
「いや、奴隷の義務とやらはよく知らないが、お前を奴隷にした覚えはないぞ。」
俺がそう言うと、彼女は顔を横に向けたまま答える。
「私の今の身分は奴隷に分類される………。人という立場は封印される時に無くなった………。」
その瞳にうっすらと涙が浮かぶのが見えた。同時に身体も少し震えていた。
俺は彼女の肩から手を離し、ベッドから降りて言う。
「そんなことを気にする必要はない。今の国はともかく、お前を封印した愚王の治めていた国の取り決めなどに従う必要など無い。」
彼女は身を起こし、俯いたままベッドに腰掛ける。そして、しばらくの間の後、再び口を開く。
「そういうわけには……、いかない。」
「何故だ。」
「たとえ……国の法を無視しても……、私自身がそれを認めない。私は国に見捨てられたっ……、人としての価値を失ったっ!もう、私は奴隷以外の何者でもないっ!」
彼女の声は次第に勢いを増し、小さな部屋に響き渡った。俯いていた顔はこちらを向いて、紅い瞳から涙がこぼれ落ちる。そして、その涙は初めて会った時に見たものとは異なっていた。あの時の涙は、絶望の中でも一筋の希望に願いを託し、救いを求める涙。しかし、今見ているものは、自分で自分を傷付け、陥れ、どんな希望も捨て去ろうとする、絶望の涙だ。
「あの時あの場所で、俺はお前を縛り付けている鎖を完全に解いたはずだったが、まだ見落としがあったようだな。」
彼女は不可解な様子でこちらを向く。俺は続けて言う。
「俺はあの時、お前を助けると言ったんだ。今のお前はまだ救われていないようだ。」
「シロンは……十分助けてくれた………。でも、これは私自身の問題………。シロンにはどうすることも出来ない………。」
彼女は再び俯く。
「確かにこればかりは、俺の力だけでは完全に解決することは出来ないだろう。」
「………。」
「だからソア、お前は俺を信じるだけでいい。お前がお前自身の価値を認められないと言うのなら、俺がお前の価値を示し、認めてやる。故に、お前が俺を信じてくれる限り、お前には少なくとも俺に認められているという価値があるのだ。」
ソアの紅い瞳がまっすぐ俺を捉える。
「国の法が何だ、愚王が何だ。そんなもの俺の前では意味を成さない。俺はシロン・ヴィルヌーヴ、十二賢神にして異界の勇者かもしれない者だぞ。」
「………。ぷっ!」
急にソアが小さく吹いて笑った。特に笑いを起こすようなことは言っていないはずなのだが。
「異界の勇者かもしれない者だぞって、何それっ!ふふふふふふっ!」
どうやらそのフレーズが問題だったらしく、彼女はクスクスと笑っている。
「いや、まだ俺が異界の勇者だと確定したわけではないから、その言い方しかあるまい。」
と俺が理由を説明するが、いまだに彼女は笑い続けている。どうやら変なツボにはまってしまったらしい。
「それはそうかもしれないけどっ……、ぷっ! ふふふふっ!」
「まあともかく、お前は自分の思っている以上に価値のある者だぞ。だから、お前は決して奴隷などではない。」
彼女の笑いも次第に収まっていった。先程まで流していた絶望の涙は枯れ、その顔には微笑みがあった。
「いつか、お前自身が自分の価値を見つけられるといいな。」
そう言うと、彼女は微笑んで答えた。「ん………。」と。
どうでしたでしょうか!
一応夜のお約束展開がありましたね!
まさか、ソアがあんなことをしだすとは……。まあ、彼女にも、悩みがあったのですね。
では、また来週!!