第三話:トルドの森
どうも!最近執筆ペースが上がらないShironです。
今回は第三話。まだまだ素人なので上手く執筆できていませんが、これからも何とか書き続けて、段々完成度を上げていこうと思います!
俺が日の沈んだ森の中で魔物達の歓迎会を楽しんでいた頃、アリシアは疾うに町に到着していた。
「ふぅ~~。ようやく着きました………。」
目的地の町、『グルーナ』に到着したアリシアは森を抜けるために消費した体力を回復させるために一服しようと、飲食店を探している。
「そう言えば、あの男性は大丈夫でしょうか。もう日が暮れるというのに………。」
それにしても、とても強かった………。異世界から来たと言っていたけれど、一体どうしてあんな怪我をしていたのでしょうか………。
って、あんなに強い人に怪我をさせられる人って………。
アリシアはそんなことを思うと、恐ろしさのあまり身震いした。
「あっ………。あった!」
この町のメインストリートであろう道を歩いていると、ようやく飲食店を見つけた。
早速中に入ると、鎧を着た人や剣を携えた人、駆け出しと一目で分かる冒険者達が沢山居た。
取り敢えず座ってお茶を飲みたいアリシアはその店の隅にあった、こじんまりとした席に座った。
机の上に置かれていたメニューに目を通す。
「紅茶は………。」
メニューにあるのは、ほとんどが料理と酒で、お茶はメニューの飲み物のページの一番下にあった。
頃合いを見てやって来た女性の店員さんが注文を聞く。
アリシアはメニューの紅茶のところを指差して
「えーと、紅茶を頂けますか?」
店員さんは「かしこまりました。」といって、店の奥へ姿を消した。
アリシアは店内を見渡していると、あることに気がつく。
「あれ………?もしかしてここは………。」
そう。ここはただの飲食店ではなく、冒険者ギルド内に置かれている飲食スペースだった。
しかし、一服出来ることに変わりはないので、特に不満はなかった。
本当はもう少し静かなお店で落ち着きたかったけれど………。
そんなことを考えていると、再び森で会った男の事を思い出す。
確か、シロンさん……でしたっけ?あの男性は。
少し長めの白い髪に男性にしては白い肌。割と良い家系か、それなりに高い地位だと伺える装束。そして、黄色い瞳。
でも、あの瞳は………。
「お待たせいたしました。」
考え事をしていたアリシアは、ふっと顔を上げる。
「あ、ありがとうございます。」
「いえいえ、失礼します。」
店員さんは紅茶をアリシアの前に置くと、他の注文を取りに行った。
アリシアはティーカップに入った紅茶を一飲みすると、再び考えた。
シロンさんの瞳は、死んでいた………。
あんな瞳、見たことがないわ。あの、身体に突き刺さっていた魔槍と関係があるのかは分からないけど、きっと深い闇を抱えているのでしょう。
シロンさん………。あの人は一体何者なのでしょう。
─────っ!もしかして………。いや、まさか………ね。
アリシアは次に会ったら、もっとシロンの事を知ろうと決意した。
すると、横から話しかけてくる声が聞こえた。
「嬢ちゃん、見ねぇー顔だな。どっから来た冒険者なんだい?」
アリシアはそちらに視線を向けると、そこには一人の立派な体つきをした男性が立っていた。
「い、いえ。私は冒険者ではありませんよ。」
そう言うと、話しかけてきた男は不思議そうな顔をして言った。
「冒険者じゃねぇーんだったら、こんな町に何しに来たんだ?」
「え……えっと、私は旅をしているのです。その羽休めにここに立ち寄ったというわけです。」
その男はそう聞くと、ワーハッハッハッ!と大きな声で笑って言った。
「嬢ちゃん一人でか?そりゃまたおもしれぇ~冗談だ。」
へ?何が?
アリシアは何故それが冗談と解釈されるのか理解できなかった。
「まぁ~いいや。そういう事にしておいてやるよ。頑張れよ~!」
そう言うと、男はまた盛大に笑いながら立ち去っていった。
「酔っているのでしょうか………。」
大丈夫かなぁ。と思うアリシアは紅茶を飲み干すと、今晩泊まる宿を探すことにした。
手がかり無しで探すのは少し面倒なので、宿の情報を手に入れようと、この冒険者ギルドのギルドカウンターに行った。
「すみません。この町でお勧めの宿とかはありますか?」
茶色い髪を後ろで一つに括った女性に話しかける。
「はい。ありますよ。金額などで指定はありますか?」
「いえ。特にありません。強いて言うなら、過ごし心地の良い所がいいですね。」
アリシアの要望を聞いたカウンターの女性は「少しお待ちくださいね」と言って、取り出したファイルの中から一つの宿を勧めてきた。
「ここなんかはどうですか?少し値が張りますが、部屋にお風呂が付いてるし、窓からの眺めも良いですよ。」
アリシアはそのファイルの中の宿の写真を見て、結構綺麗だったのでそこに決めた。
すると、カウンターの女性から道を教えられたので「ありがとうございました。」とお礼を言って、その場を後にした。
─────その頃俺は………。
「もう歓迎会はお開きなのか?」
その問いに返事はない。辺りには(普通なら)数メートル先しか見えない程の暗闇と夜の静けさだけがある。
だいぶ森の魔獣を狩ってしまったからか、近くに魔獣の気配はない。
「はぁ、すっかり夜になってしまった。このような時に町に行ってもアリシアに会うことは出来まい………。」
そう考えた俺は、一晩この森で過ごすことにした。その為には、ある程度寝心地の良い所を探さねばならないので、この森を探索することにした。
少し開けた場所が良いな。そこに今宵を過ごす用の小さな家を魔法で建てるか。いや、あえて自然のままに過ごすというのも良いかもしれない。
中位魔法『索敵』で地形を把握することも可能だが、今のように見知らぬ地を魔法に頼らず探索していくのにも趣を感じる。暇潰しにもなるしな。
「それにしても久々に魔獣を見たな……」
魔獣といえば、賢神界では先の大戦の後、連合と化したときに殲滅作戦が開始され、そのほとんどが姿を消した。もちろん俺も参加し、かなりの数を狩った。まぁ、一人で魔獣どもの住処に赴き、嫌というほど遊んでやったのだがな。
しかし、この世界の魔獣はあんなにも弱いのか………。賢神界の魔獣は(ここの魔獣と比べると)知性も高く、人語を話せるものも居るし、何より、もっと強い。そんな奴らに比べると、ここの魔獣なんて、生まれたての赤子のようなものだ。
そんなことを考えながらしばらく歩き回っていると、手頃な場所が見つかった。月明かりが差し込むそこは、周囲30メートル程の広さがあり、木々が生えていない所だった。
「ここなら軽く家くらいは建てられるな。」
とは言うものの、夜明けまで恐らくあと数時間だろう。わざわざ家を建てて睡眠をとる程の時間でもないし、かといって、このまま暇を持て余すには少々長い時間だ。
「どうしたものか………。」
夜明けまでの時間をどうやって過ごそうかと考えていると、四時の方向からこちらに何かが駆けてくる気配を感じた。
恐らくは魔獣だろう。しかし、ちょうど良かった。これで夜明けまでの退屈しのぎが出来るというものだ。
駆けてきた魔獣が、俺の後方から飛び掛かってきた。俺はそのタイミングで左側に回避する。先程まで俺が立っていた場所には、半径3メートル、深さ1メートル弱のクレーターと、砂煙越しにシルエットと化し、二本足で立つ割と大柄な魔獣が居る。
「背後から飛び掛かってくるとは無粋の極みだな。まぁ、魔獣にそんなことを言っても分からんか。」
収まりつつある砂煙の中から露になったその魔獣は、この森で散々遊んだ狼型の魔獣の特徴を持っているが、二本足で立っているうえ、背丈が3メートル程もあり、とても同じ種類の魔獣とは思えない。勿論、ただでかいだけでなく、魔力量も今までの魔獣とは比にならない。
「無粋なのはお前の方だろうが………。冒険者………。」
低くがらがらな声でその言葉を発したのは、そこに居る魔獣だった。
「ほう。貴様は人語を話すことが出来るのだな。やはり、ただでかいだけの魔獣ではなさそうだ。だがな、俺は冒険者などと呼ばれる者ではないぞ。」
その魔獣は低く唸りながら俺の言葉に返した。
「確かにこんな真夜中に森に入ってくる冒険者なんかは見たことがない………。ましてや、森の魔獣をあんなにも大量に殺せる奴なんてそうは居ない………。お前、誰だ………。」
その赤い目をこちらに睨み付け、牙を晒しながら魔獣は聞いてくる。
「これから死に逝くものに名乗る必要などあるまい。」
俺がそう言うと、背丈3メートルの魔獣は牙の間から炎をちらつかせる。
「なら、名を残すこと無く灰と化せ………!!」
ジュバッ!!という音と共に、魔獣は口から火球を放ってくる。
俺はその火球を難なく右手で払い、言う。
「そんな火の扱い方をしていたら森が焼けてしまうぞ。」
身を屈め、突進する体勢をとっている魔獣が答えて言う。
「散々この森で火を使って魔獣を殺していた貴様が言えた口ではあるまい………。」
地面を蹴り、右手拳を構えて突進してくる魔獣の攻撃をかわし、その後の左拳の突きも横目に受け流す。
「何を言っている、道化。これまでの戯れで俺が焼いた木は一本もないはずだが?」
「ふざけるな…。あれ程の火を使っておきながら、焼いた木は無いなどとよく言えたものだ………!!」
魔獣は再び、口から火球を射出する。
今度はそれを左手でかき消すと、右手に魔法陣を展開させ、そこから美しく輝く白い炎を灯し、それを魔獣の方へ見せながら言う。
「俺がこの森で使っていた炎はこの、精霊魔法・白炎網羅だ。名前の通り、この白い炎は精霊魔法。精霊が住まうもの、木や川、石などを傷つけることは出来ない。ただし、魔獣などの俗物には絶大な効果を発揮するがな。」
それを聞いた魔獣は、目を見開き、左足を一歩引くと
「お前……どれだけの事を掌握していたのだ………。」
と言い、焦りを見せる。
俺は右手に灯している炎を、魔獣の懐まで瞬時に移動し浴びせる。魔獣らしい悲鳴をあげながら、白い炎に包まれた魔獣は膝をつく。
「そう言えば、俺の名を知りたがっていたな。良いだろう、冥土の土産に持って行くがいい。俺は、シロン・ヴィルヌーヴだ。」
白い炎の中で、魔獣が途切れ途切れの言葉で言う。
「シロン………。聞かない……名だ………。」
俺はそれに答える。
「それはそうだろう。この世界に来たばかりなものでな。」
「この世界………。そうか……お前が伝承に聞く……異界人……か。」
伝承の……異界人………。それはなんの事だ。もしそれが俺の事なのだとしたら、その伝承とやらを調べれば賢神界に戻る術が見つかるかもしれない。
「これから……世界が動く……か………。」
─────。
「おい………。」
伝承について聞こうと思った時には、魔獣は骨も残さず燃え尽きてしまっていた。魔法で蘇らせて聞くことも出来るが、今はそういった伝承があるということが分かっただけで十分だ。
その伝承のことも含め、この世界について詳しく知るためには、やはり、アリシアに聞かなければならない。
朝日が木々の幹辺りから低く差し込んできだした。
「ようやく夜が明けたか………。」
まだ少し早いかもしれないが、これで迷惑をかけること無くアリシアに会えるだろう。
俺はアリシアが向かったと思われる北の方の町を目指して歩いた。
─────その頃アリシアは………。
「よしっ!」
朝早く起きたアリシアは、お風呂に入り、服を着替えて朝の支度を済ませた。部屋の空気を入れ換えるため窓を開けると、グルーナの町が何やら騒がしかった。
「何かあったのでしょうか………。」
多くの冒険者がギルドのある方へと向かっている。恐らく、いい報酬が貰える依頼でも来たのだろうと考え、自分には関係ないか、と思っていた。
朝食をとるため、この宿の正面に位置する飲食店へと足を運んだ。見た感じそこは、ギルドの中にあった飲食スペースとは違って、どちらかというと静かな雰囲気のお店だった。
カランカラン………と鳴る扉を開けると、やはり中はギルドより静かで、10席程の中規模のお店だった。
アリシアは空いている小さな2人席に座って、立ててあったメニューを見た。
「えぇーと………。」
朝食の為あまり量は必要としてないので、最低限の栄養がとれるセットを探した。
Aセット《トースト・目玉焼き・サラダ》
Bセット《フレンチトースト・サラダ・ヨーグルト》
Cセット《ロールパン・スープ・サラダ》
いい感じのセットメニューはこの3つ。アリシアはCセットを頼むことにした。
ちょうど店員が水を置きに来たので「注文良いですか?」と聞くと、店員は「はい。何にしますか?」と答える。そして、Cセットを注文したアリシアは、「分かりました。少々お待ちください。」と言ってキッチンに行く店員さんを横目に、机に置かれたグラスを手に取って、水を飲んだ。
すると、他の席に座っている二人組の男性客の話が耳に入ってきた。
「おい、聞いたかよ!トルドの森の話。」
「あぁ、聞いた聞いた。その話で町中大混乱だぜ。」
町が騒がしかったのは、『その話』が原因だったということを知ってアリシアは納得する。
『その話』とは一体どのような話なのでしょうか………。
アリシアはその二人の話に意識を向ける。
「でも何でこんな田舎に来たんだよ………。こんな所を襲っても何にも出やしないっての。」
「魔王は何を考えているのやら………。」
─────っ!魔王っ!?
どういうこと?魔王が来たの?あの森に?でもどうして?
アリシアが魔王襲来の情報に混乱していると
「怖いですよね。」
注文したCセットを運んできた店員さんがそう口にする。
「とは言っても、いざ攻撃されたら、それでおしまいなんですけどね。冒険者でもない私には特に出来ることも無いですし。」
そう言いながらCセットのプレートをアリシアの前に置く。
「魔王が来たんですか!?」
アリシアが店員さんに慌ててそう聞くと、店員さんは苦笑いして答えた。
「魔王と特定できたわけでは無いそうです。でも、ギルドの発表によると、昨夜トルドの森から観測された魔力量からして、魔王幹部か、その魔王本人だそうです。」
アリシアは愕然とする。長年、人間達が主として生活しているエシュタリア王国と、魔族が主として生活しているグラナード王国は対立関係にあった。中小規模の争いも多くあり、互いの国がそれに伴い、軍事力を強化している。
しかし、魔王幹部、ましてや魔王本人が直接現れるとなると、それ相応の重要性がある目的なのだろう。
「一体……、この辺りに何があるというのですか………。」
アリシアは独り言を漏らす。
「お客さんも、一応気を付けてくださいね。まぁ、気を付けていても、攻め込まれてきたらどうしようもないんですけどね。」
店員さんが陽気にそんなことを話すので、アリシアも苦笑いをしてしまった。
「では、ごゆっくり。」と、店員さんがキッチンの方へ戻る。
アリシアは目の前にあるCセットのロールパンを手でちぎり、口へ運ぶ。一緒に置かれているスプーンでその横のスープをすくって飲む。結構美味しい料理ではあるが、魔王のことが頭から離れず、味を感じられない。
20分程かけて、ようやくCセットを食べ終えたアリシアは、キッチンカウンターの右端で会計を済ませると、「ご馳走さまでした。」と、一言声をかけてその店を出た。
宿泊している宿の部屋に戻り、壁に立てておいた金属製の腰当てを膝上程まであるスカートの左右に、足にも同様の素材で出来たすね当てを、腰当ての上の辺りに立て掛けておいた剣を自分の剣帯にそれぞれ身につける。
「よし………。」
アリシアはトルドの森に行く準備を済ませた。
─────俺はというと………。
「まさか、この森にこんな地下があるとはな………。」
ここは、石組みによって造られた高さ5メートル程の通路で、その通路が長く奥の方まで続いている。横の壁には等間隔で光源が配置されており、人の気配を感知すると自動で淡い光を放つようになっている。
「奥か………。」
─────少し前まで遡る─────
順調に森を進んでいた俺は、あともう少しで森を抜けられるところまで来ていた。日が登っているからだろうか、特に魔獣にちょっかい出されることもなく、のんびりと森を歩いていた。
すると
─────助けて………。
音としてではなく、心に直接語りかけてくるような声が聞こえた。実際、テレパシーの類いだと思われるが、その声はか弱く、どこか寂しそうな感じだった。
俺はその声の発信源を、テレパシーの魔力を逆探知して特定しようとした。しかし、発信側が魔力を消耗しているのか、あまりにも魔力が小さすぎて正確な位置まで割り出すことができなかった。
大体の位置を把握した俺は、どうしたものかと少し考えていた。
今の俺の目的は、アリシアに会い、この世界について詳しく知ること。だから、何処の誰とも知れない、ましてや姿さえ分からない者の助けなどしている場合ではない。
しかし、テレパシーを用いてまで助けを求めるとはただ事ではあるまい。別に助けてやる義理はないが、この世界の住人には間違いは無いはずだ。その者からこの世界のことを教えてもらえるかもしれない。
そう考えた俺は、テレパシーの残留魔力をたどりながら、助けを求める者のもとへと行った。
大体の場所まで来たはずなのだが、近くにそれらしき人物は見当たらない。どうしたものかと考えていると
─────お願い……助けて………。
再び声が届いた。これだけ近くでテレパシーが届けば、どれだけ力が小さかろうと、位置を特定できる。
その場所は─────
という経緯で、この地下迷宮まで来たというわけだ。まぁ、迷宮と言っても、仕掛けられた罠はどれも子供だましで、特に迷ったり窮地に陥ったりなどということは無く、順調に通路を奥へ奥へと進んでいるのだが。
それにしても、結構しっかりとした造りではあるが、組まれた石はどれも古く、この迷宮が造られたのはだいぶ昔のことだと窺える。
こんな古い迷宮で助けを求める者とは一体………。いかにも、という感じだな。
しばらく進むと、開けた空間になり、目の前に大きな扉が現れた。扉には綺麗な装飾がしてあり、なおかつ造りは頑丈で、何かの合金で造られているうえ、刻まれた魔法陣によりしっかりと閉ざされている。
「さて、どうしたものか。」
この扉を叩き壊して入るも由だが、せっかくこんなに綺麗な扉を造ったんだ、簡単に壊してしまったのでは造った者に申し訳ない。
俺はこの扉に右手を当て、刻まれている魔法陣を解析した。
「なるほどな。」
この世界の魔法陣なので全て解析できたわけではないが、この魔法陣が影響を及ぼしている箇所、この扉、この空間の横の壁の穴、天井に描かれた魔法陣、床。
これらの点から推測するに、この魔法陣を正規の方法で解除しない限り、この空間に仕掛けられた罠が発動するという単純なものだろう。
仕方がない、正規の解除方法が分からない以上、こうするしかあるまい。
「術式破壊」
扉に触れている右手が青紫の光を宿す。その光が扉に刻まれた魔法陣に触れると、電流が走ったかのような音を出し、刻まれた魔法陣を綺麗に消し去っていく。
すると、この部屋の壁の穴から矢が多数、天井の魔法陣から槍が召喚される。床にも魔法陣が現れ、体の自由を奪う(つもりなのだろう)。射出された矢と降り注がれた槍が俺の体を串刺しにしようとする、が、俺が纏っている魔法障壁に呆気なく阻まれ、ガランガランと床に落ちる。
「さてと。この扉の向こうに居るのか?」
そう言いながら扉を押し開ける。ゴゴゴゴと、石が擦れる音を響かせながらゆっくりと開いていく。
中には、とても広いドーム状の空間が広がっている。真っ直ぐに石畳がその部屋の奥まで続いていて、その脇に等間隔に柱が立っている。その柱にも、ここまで来る道にあったものと同じ光源が設置されていて、俺が進むにつれて淡い光を灯す。
しかし、この広い空間に光源がこれだけだと、ほぼ何も見えない。そんなことを思っていると、半分ほど進んだところで、この部屋の床、壁、天井に張り巡らされた植物の蔓のようなものが光を放ち出した。
そのお陰で、この部屋は明るく照らされ、様子がよく見えるようになった。
すると、前方に10段程度の広く、緩やかな階段が見えた。そして、その上に大きな魔力を感じられる。
階段の上には、一目で特殊な材質で造られたと分かる大きなリング状のオブジェがあり、そのオブジェの4ヶ所から頑丈そうな鎖が延びている。
鎖が繋いでいるのは、テレパシーの発信源で間違いなかった。
両手両足を鎖で繋がれ、完全に自由を奪われた少女がそこに居た。
「助けを呼んでいたのはお前か?」
俺は階段の下からその少女に声をかける。
チャリン………と鎖が動く音が響き、下を向いていた少女がゆっくりと顔を上げる。
金色の髪を垂らしたその少女が、紅い瞳を俺の目へ向けた。
「………。助けて………。」
やはりこの少女だったか………。しかし何だ。少女を繋いでる鎖といい、それを固定しているあのオブジェといい。この迷宮自体もそうだ。まるで、あの少女を閉じ込めるためだけに造られたようなものではないか。
「悪いが、すぐに「はい助けましょう。」とはいかないな。明らかにこの迷宮はお前を閉じ込めるために造られたものだ。ましてや、その鎖とオブジェは何なんだ。どう見てもお前を封印しているものとしか見えないのだが。」
俺がそう言うと、少女は再び下を向く。
「私は………。」
「お前をこの場で解き放つのは、そう難しいことではないだろう。だがな、お前が封印されている以上、その目的も知らずに解放すれば、この世界にどんな厄災が起こるか分からない。だから────」
「待って!」
ジャリンッ!と、今度は激しく鎖が動く音と少女の声が、この部屋に響く。
「─────っ!お願い………。行かないで………。」
彼女の瞳に涙が浮かぶのが見えた。
「人の話を最後まで聞け………。だからだな、こうなってしまった事情を話してくれないか?」
おおよそ、俺がこの部屋から立ち去り、自分が見捨てられるとでも思ったのだろう。
彼女は呆然とこちらを眺め、溜まった涙が頬を伝う。
「おい、聞こえているのか?話さないなら助けることは出来ないぞ。」
そう言うと、彼女は我に返り身体の強ばりを抜く。そして、張っていた鎖が弛む。
「私………、麒麟族の生き残り………。普通の人は持てない力を持ってる………。だから……この国の王に仕えて、国の発展に協力してた。」
俺は、ゆっくりとこの階段を上りながら彼女の話を聞く。
「でも……、ある程度国が発展すると、国王は私の力はこの国に災いをもたらすと言って……、処刑しようとした………。」
彼女は再び下を向き、震えた声で話を続ける。
「何回も殺されかけた………。何回も斬られた………。でも、私を殺すことは出来なかった………。」
しばらく沈黙が続いた。この広い部屋には、俺が階段を上る足音と、彼女を縛る鎖が少し動く音だけが、小さく響いている。
「処刑することが出来なかった国王は……、私を……封印する選択をした………。誰にも見つからない……、他の国に利用される心配もない……、この場所へ。」
俺は階段を上り終わり、彼女の前までたどり着いた。すると、彼女は俺を見て言う。
「─────っ!私……、何もしてないのにっ………。何で………。」
なるほどな………。酷い話だ。国の発展のため、彼女の力を借りておきながら、終いにはその力が恐怖だから封印だと?器の小さな国王だな。
だが、1つ確かめておかなければならないことがある。
「大体の事情は分かった。最後に1つ……、お前の力とは一体どのようなものなんだ?」
彼女は少し視線を落として答える。
「魔力を永久的に生成出来る………。あと、生命力を……生み出せる………。」
は?
「は?」
「だから……、魔力を永久的に─────」
「いやいやいやいや、え? 力って……それだけか………?」
彼女は、きょとんとしてこちらを見てくる。
どうしたものか………。余計に封印した理由が分からなくなってきてしまった。魔力の永久生成、生命力の生成……、この世界では珍しいこと………なのだろうな。
俺は思わず笑いを溢してしまった。彼女は何で笑われたのか分かっていないのか、呆然としたままだ。
「分かった。助けよう。」
そう言うと、彼女は目を見開く。そして、その瞳からは再び涙が流れた。
「─────っ!ありがとう………。」
さてと、この不思議な材質で出来たオブジェが封印の原点か………。
俺は彼女を通り過ぎ、その後ろに大きく立っているリング状のオブジェに右手を添える。
やはり、見たことの無い魔法術式が刻印されている。それも、この部屋の扉に刻まれていた魔法陣とは比べ物になら無いほど複雑な。
しかし、問題は無い。この部屋の扉は綺麗な装飾がしてあり、壊すのがもったいなかったので、慎重に魔法陣を破壊したが、このオブジェは別だ。長く地の底に罪なき少女を封印してきたこの愚王の産物は、俺の手で消し去ってくれる。
俺の身体から魔力が溢れる。それに伴い、ピリリとしたオーラが部屋中を満たし、共振する。
「術式破壊」
オブジェに触れている右手が、青紫の閃光を放つ。同色の雷線がオブジェに沿って走る。
オブジェには反魔の加工が施されており、俺の魔法に対抗しようとするも、虚しく敗れ去るのであった。部屋に轟音が響き、オブジェに亀裂が走る。亀裂からは赤色の光が漏れ出る。
それはほんの十数秒の出来事だった。亀裂がオブジェ中に広がり、散開すると同時に、この部屋を満遍なく満たす光が溢れたのは。
オブジェは跡形もなく消え、そこから延びていた彼女を縛る鎖も同時に消滅した。
また、来週金曜に更新するので(先週は忘れていた)よろしくお願いします!!
コメントもどうかっ!