6 妖しい男 sideフレア
ごめんなさい、ちょっと重いかもです。
苦手な方は気を付けて下さいね。
つまらなくて、それでいてどうしようもない人生。姉様がいないだけで、世界は汚いものだらけだ。
確かに早く終わることを願ってはいたのだけれど……
まさか、こんなことになるだなんて思ってもいなかったの。
☪︎*。꙳☪︎⋆。˚✩
2年前、私の姉様が亡くなった。
それが、私の人生における転機だったわ。ただしそれは、いい方ではなく悪い方。
散々愛人の子だと虐げられていたのに、後継ぎだった姉様が死んだ途端に父も父の正妻も手のひらを返したかのように優しく接して来るようになった。
大人はとても醜い生き物なのだと、しみじみと実感させられたのはあの時ね。大人に限った事では無いけれど。
まあ、産みの母は父が彼女の元に通わないと感情的に喚き散らして八つ当たりして来るのが当たり前だったから、前から分かっていた事ではあった。
どうせ人間なんて、大人なんて、自分本位にしか生きられない。嫌悪した所でそれは結局私も同じ。
それでも、産みの母が病で死んだ時には清々したものよ。血の繋がりはあれど、心から母と思ったことなど1度もない人だもの。
私の周囲の汚い人達の中で、姉様は異質だった。
純粋で天真爛漫で、いかにも世を知らない貴族の箱入り娘と言った風情なのに妙に強い所もある不思議な人。正妻の娘の癖に、愛人の娘に過ぎない私をとても可愛がってくれたわ。
そんなお姉様が亡くなって、家の中に私の味方は居なくなった。……いえ、居なくなると思っていたの。
姉様が跡継ぎだったからでしょうね、彼女が居なくなってこの家は混乱した。そうして白羽の矢が立ったのは、愛人の子である私。親族は散々騒いだけれど、半分とは言えこの家の血を継ぎ、この家の令嬢として認知されている以上は私でも家を継ぐことは出来る。
姉様の婚約者だった人と新たに私が婚約を交わし、私が次代の当主夫人になることになった。
婚約者の事は気に食わないけれど、漠然とこのまま結婚してあの男の子供を産んで、また次の世代に引き継いでいくのだと思っていた。姉様が大切に思っていた領民を守れるなら、私はそれでも構わない。
丈夫なことが取り柄の1つだったのに、まさか私が病で倒れることになるなんてね。考えたこともなかったわ。
ちらりと、寝転がったままに黒づくめの侵入者の事を見る。先程私の部屋の扉をすり抜けて入ってきた、見るからに怪しい侵入者。中性的だったけれど、声を聞く限りでは多分男。フードに覆われていてその顔を確認することは出来ない。
自らを死神と自称する癖に、人は殺せないと言うのだから全くおかしな話だわ。少し興味深いと言うか、面白くもあるのだけれど。不完全、という意味ではある意味人間らしくもあるわよね。
ねえ死神さん、貴方はどうして此処に来たのかしらね?
人には見えない筈の貴方が、何故私には見えるのかしら。
ねえ、貴方は……
浮かびかけた質問は、心の内で形になる前に消し去った。
「……それで、貴方の名前は? 人と関わるのならまず名乗るのが礼儀でしょう」
小首を傾げ、唇の端を釣り上げて問いかける。わざとこんな態度を取っているというのに、彼はぴくりとも反応しない。
その寛容と言えなくもない態度の原因が何なのか、今の私には分からない。だけど、それはこれから知れることだ。
「……名前、ですか。名前は………………………死神?」
なんで名前を聞いたのに名前ではなく役職?名を答えるのかしら。しかもあれだけの間を空けておいて。私が聞いたのは名前よ、名前。どうして自分のことなのに疑問形なの?
「それはもう知っているわ。名前がない訳では無いでしょう?」
「ですから名前は死神です」
話が通じなくて苛苛する。なんなのだろうか、この男は。
同じ言葉を話している筈なのに、通じない。同じ姿形をしているからと言って私達と同じ様な考え方をしているとは限らない、ということ? それにしても名前が死神はありえないでしょうに。
唖然として……と言うかむしろ段々苛立ちを感じて来つつある私をみて、目の前の男はこてんと首を傾げた。
言っておくけれど、男がそんな仕草をしても可愛くなんてないわよ。それが似合うのは姉様だけなんだから。
「名前は……誰に対して呼びかけているかが分かれば、それでいいのではないですか?」
……………は? そんな訳がないでしょう?
死神の返答を聞いて、私は深々と溜息を吐いてしまった。もしかしたら、彼はひどく寂しい人なのかもしれない。
名前は、大切な誰かに呼ばれたら何となく嬉しい気持ちになる。少なくとも、私は姉様に優しい声で名前を呼ばれるのが好きだった。産みの母にはお前と呼ばれ続け、父と義母には無関心に放置されていた私に 『フレア』と言う名前をくれたのは姉様だと言う。
今でも私には相応しくない名前だと思うけれど、1人1人の名前にだって、込められた意味がある。それは、誰かがその人に与えた想いの証だ。識別出来ればそれで良いなんて、ある筈がないのに。
……と、そこまで考えていてふと気が付いた。そもそも彼には、名前を呼んでくれるような人もいないのかもしれないと。
何故か私には見えているけれど、父たちには見えていなかったように、本来死神は、誰にも見えない存在の筈で。もしかしたら、長い間ずっと1人だったのかも。
それなら、名前が無いのも仕方ないのかもしれない。呼ばれない名前なんて意味がないもの。
……でも、そのままだと流石にねえ。流石に死神と呼びかけることは出来ないし、何より私が嫌よ。どうしたら…………あ、そうだわ、私が付ければいいのね。
名案を思い付いた気分で私が名前を付けてあげると言えば、困惑したような、理解出来ないと言わんばかりの気配がした。フードに隠されて顔がよく見えない割りに、彼は感情が分かりやすい。
……そうよ、死神の顔もまだ見ていないじゃない。あのフードの下には、どんな顔が隠れているのかしら。
死神と言うのならやっぱり骸骨? ……動く骸骨とか気持ち悪いだけね。もし骸骨なら名前はホネホネでいいかしら。
どんな顔だろうと、素顔を見れば何か名前も浮かぶかもしれない。フードの奥に隠された顔、是非とも拝んでやろうじゃないの。
「ねえ、貴方の顔を見てみたいのだけれど」
「別に、構いませんが……」
じっと顔を見詰めれば、死神はまた困惑する。死神は先程からずっとこんな調子だが、そんなに私の行動が変なのだろうか。
そんなことを考えながらも、視線は彼から外さない。死神がフードの縁に手をかけてパサりとフードを落とす。顕になった顔に、私は思わず息を呑んでいた。
月光を紡いで撚り合わせたかのような、艶のある美しい銀髪。微かに伏せられた切れ長の瞳にはこれまた美しい澄んだアメジストが嵌め込まれている。すっと通った高い鼻梁に、完璧な位置に配置された薄い唇。
後ろでひとつに括られた長い髪は窓から差し込む太陽の光を受けてきらきらと輝き、彼が身動ぎする度にさらりと零れ落ちる。項にかかる銀髪と憂いを帯びた瞳には妙な色気すら感じて、思わず頬が熱くなってしまった。
醸し出される雰囲気からして、明らかに人間のそれとは違う。絶世の美女と称される義母でさえ、彼の隣に立てば霞んでしまうのではないかしら。……ふふ、良い気味ね。
偶に小説で作り物めいた美しさと言う表現を見かけるけれど、彼の美貌はもうそうとしか言いようがない。きっとあの言葉は、彼の為にこそあるのだわ。
無表情で余分なものが削ぎ落とされているからこそ、彼の美貌が更に引き立てられている気がした。
「……あの……?」
困惑したような視線と声に、ハッと我に返る。どうやら見とれてしまっていたらしく、私の口はポカンと間抜けに開いていた。ああ、悔しい。この私が、まさか見とれて呆けるだなんて。
「…………なんでもないわ」
じろじろと見てしまった事を謝ろうかとも思ったけれど、止めた。だって、あんな美貌を前にしては悔しいけれど見とれるなと言う方が無理があるもの。悪いのは整いすぎている彼の顔よ。
彼の顔を見た瞬間、もう名前は1つしか思い浮かばなかった。
その銀髪も、静かな佇まいも、静謐な声も、全部が全部、さながら夜の闇に浮かび上がる冴えた月のようで。
「決めたわ。貴方の名前は──」
絶世の美女が霞む美貌って何だ……
フレアさんが捻てる理由の一部はこんな感じなのでした。次はとうとう死神さんの名前が初登場です。
今回もお読みいただきありがとうございました!