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鎌を持てない死神の話  作者: 桜庭しおり
第一幕 辺境伯の娘
3/15

2 余命宣告

「お嬢様はもう、手遅れでしょう」




 痛いくらいの沈黙の中、沈痛な面持ちをした医師は静かにそう告げた。


 ☪︎*。꙳


 ジブンが今いるのは、先程の少女の寝室だ。

 あの馬車の行き先を特定するのはとても簡単だった。あの街から見える小高い丘に、立派な屋敷が建っていたからだ。

 そして、ジブンは人には見えない為、その屋敷に侵入することもまた容易だった。屋敷での少女の部屋の場所等知っているはずもなかったが、そこはジブンの持つ力の出番だ。あらゆる物を見通すことができるから、少女のいるこの部屋も直ぐに見つけることができた。

 街からここまではそれなりに距離があるため歩いて来るのに少し時間がかかってしまったが、そこまで気にする程でもないだろう。


 この広い部屋の中には6人の男女がいる。1人は天蓋付きの寝台に寝かされている先程見かけた少女。その傍らには少女の両親らしき質の良い服を来た1組の男女と初老の医者。そして、壁際に控える使用人らしき人間が男女1人ずつだ。

 一様に深刻そうな面持ちで寝台の上の少女を見つめている。だが、当の少女はと言えば何を考えているのか全く読み取れない無表情で、この場で1番落ち着き払っているように見えた。


「それで、娘は……」


 貴族の男が初老の医者に声を掛ける。その声は微かに震えており、その先を口にすることは叶わなかった。

 部屋にいる全ての人間の視線が集まる中、彼は静かに首を振る。縦ではなく、横に。

 苦渋に満ちた顔をした医者の身体の横できつく握られた拳は、ふるふると震えていた。その理由が、ジブンには分からない。


「申し訳ありませんが、私にもこの病の原因は分からないのです。ただ、一つ申し上げるとすれば………」


 医師は言いにくそうに言葉を濁し、俯く。その時点で、続く言葉を全員が察してしまった。そして、医師は貴族の男女の顔を交互に見ると、言ったのだ。




「―――お嬢様はもう、手遅れでしょう」




 と。


「そんな……っ!」


 静まり返った部屋にやたらと大きく響いたその声は、一体誰のものだったか。貴族の男だったかもしれないし、女だったかもしれない。あるいは、使用人のどちらかだったかもしれない。だが、少女でない事だけは確かだった。

 彼女はまるで他人事の様に、ただただ静かに医師の事を見つめていた。ただただ静かに、自分の死を受け入れているように見えた。


「そう、私、死ぬのね…」


 静かに呟く少女がとても整った顔立ちをしていることに、今更気付く。

 肩の辺りで少女の動きに合わせてさらさらと揺れる、太陽を思わせる金糸の髪。朝露に濡れる若葉さながらの金緑色の大きな瞳。小さくツンと尖った鼻と、キュッと閉じられた子ぶりな唇。

 その瞳に浮かぶ光は少女をとても大人びて見せているが、実際は15、6歳といった所だろうか。


 確かに、整った容姿の持ち主ではある。だが、青白い顔色や紫色の唇には、年頃の娘らしい血色の良さが欠片もない。

 それなのに、顔色の悪さは少女に儚さを添え、大人びた表情で凛と背筋を伸ばす姿にはどこか神秘性すら感じて、いつの間にか目を離すことが出来なくなっていた。


 窓際から静かに少女を観察していると、ちらりと一瞬、少女がジブンの方に視線を向けた気がした。だが、それはきっと気の所為なのだろう。ジブンが見える人間などいる筈がないのだから。

 彼女が視線を向けたのは、きっとジブンの後ろにある窓の外なのだろう。


「私の可愛い娘が、どうしてこんな……」

「ああ、こんなの嘘よ、悪い夢だわ……」


 どこか芝居がかって見える仕草で嘆き、顔を覆って泣き崩れる彼女の両親。使用人は静かに俯いたまま肩を震わせ、医師は無言で目を瞑っている。


「お父様、お母様、お願いがあるの」


 静寂に包まれた部屋の中、渦中の少女が静かに口を開いた。死を宣告されたばかりとは思えない、落ち着き払った様子で。




「――私を殺して頂戴。今、直ぐに」




 両親だけでなく部屋中の人間の視線が彼女に集まる中、彼女はそう(のたま)った。今日初めての、いっそ不敵とすら思える笑みを浮かべて。

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