11 友達
「何かしら」
声を掛けられた少女が、目を丸くしながら顔だけで振り返る。
衝動的に声を掛けてしまっただけで話すことなど考えていなかったので、言葉を探して視線を彷徨わせた。
「……死神で宜しければ、貴方の友となって差し上げましょう」
その果てに出てきた言葉は、我ながら意味不明で。
ポカンと開かれた少女の唇と流れるのを止めた時間に、己の失敗を悟った。だが、1度飛び出してしまった言葉は取り返しがつかない。
「……はあ?」
思わずといったように漏らされた少女の声に、居心地が悪くなる。
こんなことを言うはずでは無かった。と言うか、何故上から目線の言葉が飛び出したのだろう。
ただ、少女に味方がいれば良いと思ったのだ。
ひどく寂しげな少女には、亡くなったという姉以外にも気を許せる存在が必要なのでは無いかと思った。孤独で哀しいこの少女の、話を聞ける存在が必要なのでは無いかと思った。
別にそれがジブンである必要は無い。でも、何故だか、少女に頼られるのはジブンでありたいと思った。
「友達、なんて……。貴方が何を考えているのか分からないわ。どういうことなの、リュアン?」
顔だけでなく体ごとこちらに向いた少女が、難しげに眉間に皺を寄せ、体の前で組んだ腕を指でとんとんと叩く。一定のリズムを刻むそれは、どうやら少女が何かを時の癖のようなものらしかった。
「どう、いう……? ジブンにも、よく分からないのですが。
一緒にでかけたり、話したりする人のことを、人の間では『友達』と、そう呼ぶのではないのですか?」
こてりと首を傾げて少女に問う。確か、『友達』とはそのようなものだったはずだ。『鎌』にも『友達』を作っている者はいるから、正確には人の間だけとは言えないかも知れないが。
……もしや、ジブンは何か解釈違いをしているのだろうか。
段々と自信が無くなってきて、心が落ち着かない。これは、『心配』だ。確か、昼間に少女がそう言っていた。
「あの……もしかして、違うのでしょうか?」
「そうねぇ、違うわけではないのだけど……」
心配から眉を下げていると、少女からはそんな答えが返ってきた。うーん、と悩ましげな声を上げながら、少女は自らの腕を叩いていた指を折り曲げて口元に当てている。
やがて、少女は俯きがちにしていた顔をくっと上げた。
「そもそも。どうして私と友達に?」
「……」
答えたくない。
何かいい言い方は無いものかと、言葉を探して視線を彷徨わせる。そんなジブンを見て、少女ははあ……と溜め息を吐いた。
「話したくないなら別にいいの。どうしてもって言うのなら友達になってあげなくはないけれど……その代わり、条件を呑んでもらうわ」
パチリと目を瞬かせる。なるほど、人の間で『友達』になるには条件が必要になるのか。道理で少女の様子がおかしかったはずだ。
「あの……条件とは、何でしょう?」
そう尋ねると、少女がくいと片眉を上げた。
「まさか、条件という言葉を知らないの?」
首を横に振る。どうやら質問の仕方を間違えたようだ。
「何かをなす時の前提となるもののことですよね? そうではなく…… 条件の内容は何なのかと」
「ああ、そういう……。簡単なことよ。
友達になるというからには、私のことを名前で呼びなさい」
「……」
……よく、分からなかった。友達になる、ということと名前で呼ぶということには何か関係があるのだろうか。
「ねえ、まさかだけど……私の名前を覚えていないなんてことはないわよね?」
長い沈黙に何を思ったのか、恐る恐るといった風に少女がそう尋ねてくる。
別に、名前を忘れた訳では無いのだ。ただ、何故だか名前を呼ぶことには少し抵抗があった。
「……名前は、覚えています」
そう答えると、少女はホッと息を吐いた。
「よかったわ。では尚更、何故私の名前を呼ばないの?」
「……分かり、ません」
この抵抗感の正体が、ジブンには分からない。どこから湧いてくるものなのか、そもそも本当にこの抵抗感はジブンの中から生まれたものなのかも。
ただ、心の奥底で誰かが強く、強く、『彼女の名前を呼んではいけない』と誰かが訴えているような気がするのだ。……その声に、逆らう気にはなれなかった。
「ねえ、リュアン。……私の名前を呼ぶのは、そんなに嫌……?」
ふるふると首を横に振る。後ろで1つに括っている髪が揺れ、顔にかかった。
「嫌なわけでは、ないのですが。……どうしても、名前を呼ぶ気にはなれないのです」
すみません、と謝る。傷付いたように長いまつ毛を震わせている彼女には、何故だか誤らなければいけないような気がした。
「頑なね。……いいわ、そこまで拒否するからには何か事情があるのでしょうし、勘弁してあげる」
今はね、と小さく少女が呟くのが聞こえた。どうやら完全に諦めたわけではないらしい。
「その代わり……明日も私の部屋に来なさい。それで友達成立よ」
先程の表情はどこへやら、少女は今日一日ですっかり見慣れてしまった少し勝気な表情で見上げてくる。
少女の要求にこくりと頷いて返事をした。
「分かりました。では…………また、明日?」
首を傾げながら、人間たちの挨拶を真似て言葉を口にする。そんなジブンを見て少女は苦笑した。
「何故疑問形なのよ。ええ、また明日ね、リュアン」
「……また明日」
また明日。また明日。……また、明日。
言葉を覚えたばかりの人間の子供のように、意味もなく何度も言葉を復唱する。誰かと未来の約束をするのは初めてだ。じわりと湧き上がるこの気持ちは何だろうか。
初めて感じるものに首を捻りながら、少女の背が消えるまでずっと、彼女を見守り続けた。
これで第一幕『辺境伯の娘』は完結です。
お付き合い下さりありがとうございました!
第二幕もなるべく早く投稿できるようがんばりますので、これからもよろしくお願いします。