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鎌を持てない死神の話  作者: 桜庭しおり
第一幕 辺境伯の娘
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9 銀の首飾り

大変遅くなりました……!

 口の中に、未だに甘い味が残っている気がする。いや、実際甘い。人間は良くこれに耐えられるものだ。一体どういう進化をとげたらこうなるのだろう。


「……? リュアン、どうかして? 顔が変よ」

「いえ……。人間とは、偉大な生き物なのですね」


 そう言うと、少女は眉を顰めて溜め息を吐いた。その顔にはありありと訳が分からないと書いてある。今にも何言ってるのよとでも言い出しそうだ。


「貴方が何を考えているのか知らないけれど、私はそうは思わないわ。それより、何か気になるものはあって?」

「……よく、分かりません」


 食べ歩きをしていた店から打って変わって、現在地は装飾品を扱う露店の前だ。きらきらと輝く装飾品を指さして、何か気に入ったものがあったら言いなさい、と言う。

 腰に片手を当てた少々偉そうな体勢で独り言を言っている(ように見える)少女に、露店の店主が困惑気味な顔をしていた。だが、少女はそれを意にも介さない。


「……よろしいの、ですか?」


 少女の心情がよくわからずに、首を傾げて問う。道行く人に奇妙な目で見られているがいいのか、という意図での問いかけは、くいと片眉を上げた少女には正しく伝わらなかったようだった。


「好きなものを選べばいいわ。何だかんだ付き合ってくれていることの礼よ」

「いえ、そうではなく……」


 ジブンの周囲をぐるりと見回す。訝しげにしていた彼女に今度は正しく意図が伝わったようだ。ああ、と得心がいったように頷く。


「構いやしないわ。どうせ長くはない命だもの、周囲の視線なんて気にするだけ無駄よ、無駄。それとも、何? 私の心配でもしてくれたのかしら?」


 予想外の言葉に、ぱちりと目を瞬かせる。心配。心配……? ジブンとはあまり縁がない言葉だ。これは、心配というのだろうか。

 ただ、ジブンは気になっただけだ。自暴自棄にも思える言動と、どことなく悲しげにも見える諦めたような瞳の理由が。


「……心配は、よく、分かりません。ただ、貴方が嫌な思いをするようなことがなければいいと」

「馬鹿ね、そう言うのを心配って言うんじゃない」


 挑戦的な表情でこちらを見ていた少女が驚いたように目を見開き、ふっと優しく笑う。目を、奪われた。


「今の私は気分がいいから、幾らでも好きなものを選びなさい。持ち合わせはあるわ。別にこの露店じゃなくてもいいけどね」


 結局話が戻ってしまった。欲しいものと言われても、必要なものなど無いしどうしたらよいのか分からない。並んでいる品物をざっと見下ろすと、1つの商品が目に付いた。

 銀色の細いチェーンの先には輪がついていて、輪の中には黄色と黄緑が混ざりあったような不思議な色合いの小さな石がぶら下がっている。

 石以外には特別なことなど何も無い首飾りなのに、不思議と惹き付けられて目が離せない。


「それが気になるの? リュアン」


 1つの商品をじっと見つめているジブンを見て、少女が横から同じものを覗き込む。香水でも付けているのか、ふわりと柑橘系の爽やかな香りがした。


「気に……? いえ、目に止まっただけですが」

「あーもー、面倒くさいわね。目に止まったんなら気になるでいいじゃない」

「……そう、なのですか」


 そうか。これが『気になる』か。

 少女の言葉が、すとんと胸に落ちてきた。『心配』と言い、『気になる』といい、少女といると白黒の世界に色が付いていくようだ。


「嬢ちゃん、珍しいものを気にするな」


 目に見えない何かと会話しているようにも見える少女に、露店の店主がそう声をかける。少女の大きな独り言については気にしないことにしたようだ。


「これは珍しいのかしら?」

「それが分からないんだよな。これは街に来る商人から買い取ったものだが、その商人も誰かから買ったらしい。ただの変わった石だから誰も興味を持たないんだ。買っていくなら安くしとくよ」


 自分でも買いはしたものの、どうすればいいのか扱い悩んでいたのだろう。値段がつかないよりは安くても買われていった方がいいと店主が目を輝かせる。


「いいえ、そのままの値段で結構よ。持ち合わせがこれしかないのだけど、使えるかしら」


 言いながら、少女が懐から金貨を1枚取り出す。もっと少額の貨幣は食べ物で使い切ってしまったようだ。こんなところでは目にするはずもない金貨の輝きに、店主が目を白黒させる。


「え? えーと、ちょっと待ってな」


 慌てて釣りを計算している店主に、少女が軽く溜息を吐いた。


「もういいわ。これとこれ、それからそれと……ああ、面倒ね。ここからそこまで全部よ。釣りはいらないわ」

「え、は……」

「商品を全部買うと言っているの。早くしなさい」

「は、はい……っ」


 他の露店と比べる限り、この店は露店の中では比較的高価なものを取り扱っている店だ。その露店の全商品まとめ買いという衝撃に、店主が敬語になっている。有り得ない出来事に、事態を見ていた周囲の時も止まっていた。

 ざわざわしている周囲など意にも介さず、少女は涼しい顔で立っている。明らかに異質だ。


「これが品物になります、毎度ありがとうございました……!」


 慌てた様子で突き出された袋を受け取り、露店の前を去る。歩きながら、少女が袋の口を開けてあの銀の首飾りを取り出した。


「はい、リュアン。貴方が見ていたのはこれでしょう」


 少女から手渡されたそれをじっと見つめる。やはり、なんの変哲もない首飾りだ。変わっていることと言えばこの不思議は石と、あまり見かけることの無いデザインだろうか。

 そんなことを考えつつ、無言で少女の首にネックレスをかける。少女が面食らったようすでぽかんとした後、表情に怒りを滲ませた。


「貴方が見ていたから買ったのよ。突き返すなんて私に恥をかかせるような真似はやめてくれないかしら」

「ですが……貴方に持っていて欲しい、と思ったのです」


 何故かは分かりませんが、と付け加える。あっそ、と言いながら少女はぷいとそっぽを向いた。その耳が少しだけ赤いように見えたのは、何故なのだろう。

遅くなりまして大変申し訳ないです。

完結させる気はあるので、そこだけはご安心下さい。来月中に次を投稿出来たらいいなと思っております。

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