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騎士服に着替えたジャックが出てくると、二人は燭台のわずかな灯りを頼りに裏門へ向かった。道中、ミナはこの呼び出しの詳細を説明した。
ミナがやりたいことは簡単明瞭で、リク王子の後をつける、というものだった。フレデリカも誘おうと思ったのだが、彼女は体力が並の半分以下なので尾行の途中で倒れてしまう恐れがあり、声をかけなかった。
「まず、リク王子がどこに行っているのか、把握しないといけないでしょう?」
女官によると例のそのクスリの噂は信憑性が高いらしい。ただ、出回っている場所は候補が複数あり、そのうちの一つにリク王子の出入りしているクラブが挙げられている。挙げられた全ての場所で出回っているかもしれないし、一つだけかもしれないが、まずはとりあえずリク王子のクラブだけでも確かめたい。
「そして、もし、残念ながら回っていたら……――」
「――“魔女さん”に頼むんだろう?」ジャックが先回りして言った。
考えていることがバレバレらしい。ミナは笑って頷いた。
ジャックのいう“魔女さん”というのは、ミナの同僚で美人のフレデリカのことだ。
フレデリカは国の最北端に位置する山村の森にある“魔女の村”の出身だ。
魔女の村というオカルティックな名がついているからといって、そこに住む人の全てが魔女なのではない。魔女と呼ばれるのは一部の女性だけで、生まれながらに自然や人間、森羅万象の知識を有している女性だけをさす。非常に珍しい人たちだ。
その知識にも個性があり、それぞれに得手不得手があるらしい。フレデリカは特に薬草に造詣が深く熱心で、一人で部屋にいるときは森から持ってきた植物たちを使って様々な実験をして時々すごいニオイが漂ってくる。
本人にもよくわからない探究心が己の底から沸き上がり、追究せよと命ずる。自分の意思から遠く離れた何かが心身を勝手に操るのだそうだ。それを聞いたミナはなんだかもう一人の人間が自分の中にいるみたいだと思いちょっと怖くなって引いてしまった。するとフレデリカは何でもないことのように、「それが魔女として生まれた使命なのよ」と笑いとばした。
ジャックは魔女自体が怖いのか、フレデリカとミナとでは接するときの態度が異なる。
ミナに対しては古くからの友人に接するみたいに気さくだが、フレデリカに対してはどこか線を引くような感じでよそよそしい。
魔女どうのこうのではなく、単に美人に気後れして、子供っぽく色気のないミナが話しやすいだけかもしれないが。ジャックは良い奴だし、仲良くして損はないと思う。美人も損をするのね、と思ったが、逆にリク王子は美人が好きで美人としか話さないのを思い出す。男性陣のミナとフレデリカに対する態度から今ここにはっきりとした事実が浮上する。
――つまり、いずれにせよ私は不器量ってこと……?
「……ミナ?」
「…………」
ミナは口を引き結んで黙った。ミナの急変にジャックが首を傾げている。
そりゃあ容姿に自信のあるほうではない。だが、…………男の人って!
……ジャックの友好的な態度は嬉しいのに、なんだかそう考えてしまうと複雑な気持ちになってきた。
彼にそういう対象にしてほしいと思っているわけではないのだが、女として生まれてきている以上、悲しいような、悔しいような、やるせないような。でも今は関係ない。ミナは嫌な考えを追い払うように頭を振り、一つ咳払いをして仕切り直す。
「んんっ、何でもない! ……この辺で待ち伏せしよう」
裏庭を横切り、手入れの行き届いていない雑木林に出ると、ミナは少し歩いた先にあったてきとうな樹の陰に隠れた。どうせ暗いのだから、どこへ隠れたって同じだろうと思ったのだ。ジャックもそう思ったらしく、何も言わずミナの隣に身を並べた。
「なあ、ところで……殿下はここを通るのか?」
ジャックが思い出したように尋ねる。
「うん。この上が私の部屋なんだけど……よく誰かがここを通る音がするの……あっ、来たみたい」
ミナの言葉に二人は息を凝らしながらそっと辺りを窺う。ミナは急いで持っていた燭台にふっと息をかけて灯りを消した。真っ暗になった。ほとんど何も見えない。耳を澄ますと、裏庭のほうから足音が聞こえる。その音は徐々に大きくなっていく。
枝葉が夜風にさわさわと揺れる。伸び放題になった草と土を踏みつける音が二人のすぐそばで聞こえた。ジャックが樹の陰から顔を出し、たった今通り過ぎたリク王子の姿を夜目を利かせて追っている。やがて、行くぞという合図に、振り返ってミナの腕を軽く引っ張ってすぐ放した。
足音と気配を最大限まで消して、先頭を行くジャックについて行った。