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 ――そろそろ出て行く時間よね。

 どこからか梟の鳴き声が聞こえる。

 夜も更けた頃、ミナは眠い目を擦り、手に燭台を持って真っ暗闇の城の廊下を歩いていた。

 泥棒にでもなった気分で、なるべく音を立てないようにゆっくりと慎重に歩を進めていく。

 夕方、女官の言った薬物とは、偶然にもミナが読んでいたあの科学雑誌に載っていた、死人まで出たという淫魔の名のクスリのことだろう、となぜかほぼ確信に近いものを感じていた。

 たまたまあちこちで薬物が流行っているだけで、王子の出入りしているクラブで流行っているのは別の薬物の可能性もあるのだが、暇だし、サキュバスの真相を確かめよう、とミナは思い立った。

それだけではない。

 そうすれば、今の状況が少しくらいは好転するのではないかと思ったのだ。好転まではいかなくても、何か変わればいい。

 たとえば、運良くサキュバスを見つけ、その功績を国王に認められ、自分では力不足の教育係なんかさっさと辞めて、もっとミナに合う別の仕事を下さるとか。それが王子にとっても国王にとっても良い選択ではないだろうか。

 そしてできればこんな不要品のように隔離された離宮じゃなくて、国王たちの住む巨大で煌びやかに栄える王都の宮殿で働きたい、なんて思ったり。想像すると思わず頬が緩む。もちろんそれは立派な行いのついでに褒美があればいいな、なんて軽く思っているだけで、決して動機ではない。しかし人はこれを下心と呼び、非難の対象になるらしいので一人胸の内に秘めておく。

 サキュバスだと第六感的な確信めいたものを感じているミナだが、少し引っ掛かるところがある。

あの、名ばかり科学雑誌は庶民のためのもので、王族のリク王子が出入りするようなクラブで出回っているクスリが掲載されるとは考えにくい。

 しかし王子が正体を隠して庶民向けのクラブに出入りしている可能性もある。あるいは身分を受け入れられている。もしくは相当の流行もので、上流階級にまで広まったか。そのあたりが不明瞭だ。はっきりすれば捜査は楽になる。本人に尋ねるのが手っ取り早いのだが、日頃の態度を考えると応じるはずもないだろう。

 思い出して嘆息しつつもやがて一階に着くと、ある部屋の前で止まって扉を叩いた。

「……ジャック、起きてる?」

 小声で尋ね耳を澄ますと、衣擦れの音がした。多分、ベッドから起き上がったのだろう。

「ミナ!」

 すぐさま扉が開き、横になっていたせいで頭がぼさぼさになったジャックが暗闇から出てきた。何事だろうと驚いて目を瞬かせ、ミナの言葉を待っている。

「ごめんね、そりゃびっくりするよね。でも、その、お願いがあって。今夜どうしてもジャックに協力してもらいたいことがあってね……」

 驚いて逃げられないように、ミナはまずは説明より先に力添えを申し出た。

 女官からの話が終わってから、ジャックの姿が見えず、ミナが思いついた今夜の計画を話すことができずにいたのだ。

 電撃依頼じゃ協力を得て計画を遂行できる可能性が格段に下がるが、それでもなんとなくジャックなら無理な頼みごとも応えてくれるような気がしてこうして訪ねてきたのだった。彼だけは味方だと信じてのことだった。

「えーっと……」

 深夜に男性の部屋に来るということは……と色っぽい用事なのかとしばし呆然としていたジャックは、燭台に照らされたミナのしっかり編まれたおさげと外出用の上着を見てとると勘違いらしいとわかり、「ああ!」と言って慌てて取り繕った。

「…………いいぜ! そこで待ってて、着替える!」

「ありがとう、ジャック」

 まだなんの説明もしていないのに了承してくれた彼に嬉しくなり、ミナは小さく笑った。

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