69
リクが去ったあと、離宮の使用人はどうなったかというと、まず、全員国王からたんと褒美が与えられた。手元にはないが、女官もフレデリカもミナも、実家に高額な小切手とミナにとっては全然ささやかじゃないささやかな貴金属類が贈られたそうだ。まだ確認はしていないが、きっと家人が勝手に懐に入れているだろう。ミナは別にそうしてくれて構わないと思っていたし、最初からそうされると予想していたし、物質以上のものを得ていたのでそれを気に留めることはなかった。
また、仕事が終わったからといって帰る準備が整っていない場合、今までどおり手入れをしてくれるのならしばらくは城に滞在することを許可された。世間知らずのお坊ちゃんステンはすぐに迎えがやってきていなくなった。女官は初め、元々仕えていた王都のほうへ戻ろうとしたのだが、ミナとフレデリカが少しの間ここにいると聞くやいなや急変して私も残りますと言い出した。結局見知った女三人がこの城には残った、というわけだ。しかもそれが案外悪くない生活だった。
「女官、お疲れ様です! 待ってましたよ!」
ミナが大鍋をかきまわしながら、厨房に入ってきた女官を笑顔で振り返った。
「はあ……妙な臭いがするわね。ミナさん、一体なにを……」
仕事に疲弊しているのかこれから起こることにげんなりしているのかどちらともつかぬ様子の女官が席に着くと、ミナは初めて作った、出来立ての料理をさっと彼女に差し出した。
「どうぞ。私の記念すべき第一作です。遠慮なく召しあがってください」
「できれば遠慮したいところだわ……」
薄紫色の液体に、焦げたような黒く丸い何かが浮かんでいるスープを見ながら女官が一人呟く。ためらっているとミナが身振りで「早く食べて」と言ってくるので女官はこわごわとスプーンを持ち、一口すくうと目を閉じ口に流し込んだ。
「どう……ですか?」
ミナがドキドキしながら女官に尋ねる。初めて料理したんだもの、できれば美味しいと言ってもらいたい。そんなことを考えながら感想を待っていると、スープを流し込んだらしい女官が顔を激しく歪め、「おええっ」と下品な声を立てて口を押さえ、吐きそうにしている。
「えっ……美味しくなかったですか?」
「…………ゲロとドブを混ぜたような地獄の味」
「――!?」
「おはようございます。あら、ミナもいたの……って、……クンクン」
女官が、リクも知っているあの地獄の味に苦しんでうつ伏せていると、そんなことを微塵も知らないフレデリカが長い髪をなびかせ雅やかに入ってきた。しかし来るなり異臭がしていることに気づいてカッと瞳孔が開く。鼻をひくつかせその正体を探ると彼女はパチンと指を鳴らし、すぐに見破る。
「これ、サキュバスの解毒薬ね。誰か倒れたの?」
「…………はは」
美味しい朝食を作ったはずなのに、出来上がったのはまさかの解毒薬。調合法を知らないはずなのに。ある意味すごい。これは喜ぶべきだろうか?
ミナは、「ていうかミナも薬作れたのねぇ! 嬉しいわぁ!」ときゃっきゃっするフレデリカに苦笑いを浮かべた。
――……すみません、むしろ倒してしまいました。
それよりも、とミナは呻く女官に水を渡した。
飢えたように水を飲み干す女官を見ながら、ミナは金輪際料理はしないと心に誓った。




