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「さて、集まりましたね」
夕刻になりそろそろお腹がすいてきたな、なんて呑気なことを思い始めた頃、言い付け通りミナは応接室にいた。上席にいる女官が部下であるミナとフレデリカ、二人の向かいのソファにいるジャックをぐるりと一瞥してから点呼の代わりに言った。
ミナはジャックまで呼ばれたことに驚いていた。同じようにジャックもミナたちまで呼ばれたとこに驚いて口をあんぐりと開けていた。
今、この城のわずかな召し使い全員が揃っている。ということは、何やら大事らしい。
静かで緊張感のある空気が流れる。誰も何も喋らない。
女官は何から言おうかと頭の中を整理していたらしい。やがて終えると、ゆっくりと口を開く。
「……国王様がお怒りです」
やっぱり、とミナは頭が痛くなった。そんなの言われずともわかっている。お前たち、期待したわりにはちっとも役に立っていないではないか!ということなのだろう。
女官が嘆息しながらこめかみのあたりを押さえている。頭が痛くなったのはミナだけではないようだ。
ついに失業の危機に瀕しているのだろうか、とどん底に沈んでいると女官が続ける。
「理由は二つあります」
「……?」
ミナは女官の意外な発言に興味を示し、浮き上がった。一つは言われなくてもわかる。だがもう一つは?
「一つ目は、リク王子の矯正についてです」
でしょうね、と心の中でミナは苦笑した。
国王並びに王室にとってミナたちは最後の希望なのだ。これまでどんな方法でも更生できなかった王子だが、これならば変えることができるかもしれないと悲痛な願いを込めてミナたちに任せている。ダメ元で決断されたとはいえ、やはり彼らはどこかたっぷり期待していて、王子をなんとかしてもらいたいと熱望しているのだ。
その影響は王室だけではない。
次期国王になれる可能性も秘めている人物だ。彼が他の王子たちと同じ土俵にいるかいないかでは未来が大いに変わってしまう。これは一国民であるミナたちにとっても重大な案件だ。
それを理解し己の無力さに打ちのめされている人たちの苦しみはどれほどだろう。きっとミナたちよりずっと辛いはずだ。そう思うと、彼らの期待に応えられないのは心苦しい。
「この件に関しては、正直、国王様は半ば諦めています……が、もちろん手を抜くことは許されません。私たちは一層精進しなければなりません。……さて、もう一つですが、なんというか、一つ目の問題がなければ生まれなかった問題ですので実質一つなんですが、分けたほうがわかりやすいのであえて区別します」
ミナは興味津々で身を乗り出した。すでに王子のことを諦め部下に丸投げしているくせに、まるで自分も王子の矯正に努めているみたいな言い方の前半の台詞については目をつむる。
さて、国王様お怒りのもう一つの理由とやらは、新しく出た問題だろうか。一体何だろう? 普段の授業の様子からは、別段変わったところは見受けられない。だとすると、城外で何かやらかしたのだろうか。興味津々な他の二人からも、息を呑む様子が感じられる。
皆、女官の発言に耳を澄ませる。彼女は重々しく口を開き、低い声で短く言い放った。
「……薬物についてです」
「薬物……?」
何のことだろうとミナがオウム返しすると、女官は眉を上げ、一つ頷いてから説明する。
「殿下が夜に出入りしているクラブで流行っているクスリのことです。それがどうやら異国から持ち込まれた危険なものらしく、もしも……もしもですけど、最悪の状況も想定されます。それを知ってから国王陛下は気が気じゃないらしく……――」
そこまで言うと、心労で限界が来たのか、女官はどっと姿勢を崩した。背もたれに寄りかかり俯くその顔には濃い疲労が見える。この城の責任者として負い目を感じているらしい。
ミナは顔をフレデリカのほうに向けた。夜の海のような濃い藍色の瞳とばっちり視線が合った。二人は真剣な眼差しで意味ありげに頷いた。どうやら同じことを考えていたらしい。
クスリ。
最悪の状況も想定されるほどのもの。それって、さっき話したばかりの…………――“サキュバス”だ。