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「……ああ」
リクが少し間をおいてから女官に同意する。女官の言い分はもっともで、間違いなく正論だ。反論の余地もない。だがミナはどこかショックを隠し切れないでいた。
都合の良い夢を見ていられる時間は終わったのだと、現実を叩きつけられた気がした。
完全に幕は閉じたのだ。彼との縁は切れてしまった。
「――……」
後腐れのない、その場限りの戯れだというのはわかっていた。だって、彼は一度も言葉では愛を伝えなかったし、この先の話をしたこともない。たとえ一時的でもいい、それでもミナはリクのほんの戯れだというその愛らしきものを感じていたかったのだから。そしてその瞬間はたしかに幸福があったのだ。十分すぎるくらいに。
頭ではわかっていても、それでも胸を鷲掴みにされるような息苦しさがミナを襲う。
行かないで。戯れではないと言って。
そんなことを言える立場ではないミナは、涙を抑え、震えながら心でそう叫ぶしかできない。
「では……少ししたら、ご準備の手伝いにステンを呼んできます。失礼致します」
ステンとはジャックの代わりに急ごしらえで用意した新たな男性の小姓だ。少ししたら呼んでくる、という発言に、女官が何かを察していたことを如実に物語っていた。
女官がいなくなり、二人きりになるとミナはたまらなくなってリクの膝の上に乗り、首にしがみついた。
「……チビ」
「殿下、私っ……寂しいです」
きちんと言葉を選ぼうとしたのに、ミナは一番伝えたかったことを涙と共に吐き出した。他にも色々言っておきたいけど、その一言にミナの気持ちは全て収まっている。感情が溢れ出るミナを、リクは優しく力強く包み込んだ。
「やめろよ……こんなときに、そんな可愛いこと言うな。離れがたくなる。俺だって寂しい」
リクのほうも苦々しそうに囁き、さらに力を込めて抱きしめる。
「うっ、ぐす……。殿下に、もうっ……会えないのですか……?」
「――会えるよ。俺、ちゃんと……ちゃんとした“殿下”になって、絶対にお前に会いに来る」
――本……当?
ミナは驚いて顔を上げてリクの瞳を覗き込んだ。初めてだった。ミナの想いに彼が約束をしてくれたのは。彼の碧い瞳は優しく細められ、それでいて確固たる意思を感じさせる強さがあった。彼はいまの言葉を、たとえ死んでも守るのだろう。
こんな、ただの……いや、ちょっとばかりお気に入りの使用人に誠実さを見せ、特別な情をかけてくれるのが嬉しかった。どこでどう会うのかは知る由もないがいまはどうだっていい。涙を流しながら、ミナはにっこりと笑って抱きついた。
「殿下……大好きです」
「――!! 俺も、好……ッ、やべ」
「殿下?」
何かを言いかけてリクは慌てて己の口を塞いだ。言ってはいけないことでも言おうとしたのだろうか。首を傾げるミナを撫でながら、なぜかリクは笑った。
「はは、あっぶねー。まだ言える立場じゃないんだった……。お前って、たまに本気でこっちの理性壊そうとしてくるよなぁ……」
「……?」
「気にするな。こっちの話だ。なあチビ、それよりちゃんと待っていてくれるよな?」




