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フレデリカのお使いに出たあの朝だけの冴えわたった空気をミナは忘れられず、連日早起きに徹していた。
カーテンを勢いよく開けると、溌剌とした日の光がまだちょっとばかりぼんやりしているミナをおはよう、さあ起きなさいとでも言うように明るく照らし出す。
「う~ん。良い朝」
伸びながらそう一人ごちると、手早く朝の身支度をすませた。
「女官、おはようございます! あっ、いい匂い」
下へ行けばいつものように女官が洗濯物を干していた。ミナはくんくんと鼻を動かす。洗濯場は石鹸の香りがあたりに漂って、清涼さが増している。
「朝から元気ですね。せっかくだから門の掃除でもしますか? それとも料理でも?」
ミナの奇行に顔を顰めながらも女官が尋ねる。ミナはどうしようかな、と考えた。
「外にいられるのはいいけど……私、料理ってやってみたことなくて……一度やってみたいと思ってたんです! だから料理にします」
ミナの発言に、洗濯縄にタオルを掛けていた女官の手がピタリと止まる。
「えっ……やったことない……?」
引きつった顔でこちらに首を回す女官に、ミナは良い笑顔を見せる。
「はい! あ、でもたまに女官が作るのを見ていましたから、大丈夫だと思います!」
どん、と胸を叩いて心配は無用ですよ! と言うが、女官の顔はみるみる青ざめていく。
「それ……だっ……大丈夫なわけないでしょう! 少し待ちなさい。私かフレデリカさんに――」
「それじゃあ行っていきます! 朝ごはん、楽しみにしててください!」
鼻歌を歌いながら走り去るミナの背に女官が何やら叫んでいたが、上機嫌なミナの耳には届かなかった。
ジャックに港へ落とされた数日後。
少女たちを違法人身売買していた主犯格のエリックと、その共犯としてジャックその他数名が捕まり、王宮にて罰せられた。彼らは全員同じ国からの違法侵入者でもあった。そしてその彼らの国から持ち込まれたのがあの悪名高きサキュバスだった。少女も薬も高く売れる。ならば売ってやろう。エリックの胸の内はそれだけで成り立っていた。要は彼は金の亡者で、儲けられるのならば何でもやるような奴なのだ。
何重にも法を破り罪を犯し、実の息子を重篤な目に遭わせたこと、法が緩いからといって好き勝手されたことを侮辱だと感じた国王は怒り心頭に発した。
彼らの処罰の詳しい内容は聞かされていない。聞かないほうがいい、と一時的に王宮へ出向いて詳細を知っていたリクは言う。それだけでおおむね想像がついてしまって、尋ねて後悔した。
リクが不在の間に手に入れていたサキュバスを使って、早速フレデリカは解毒薬を調合し、王都から戻って来たリクに飲ませた。
薬はリク曰く、「くっそマズイ、ゲロとドブを混ぜたような地獄の味」だそうだ。よくそんなたとえが出てきたものだ。もしや彼はその味を味わったことがあるのだろうかとか思ったものだが、味はともかく効果はてきめんで、翌日から体調に変化があった。さらに翌日、ついにリクは全快した。
その回復を誰よりも喜んだのは他でもない、ミナだった。
「でっ……で、殿下ー!」
「――!? ぐっ」




