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 離宮へ奉公に来て、初日に同僚だと紹介されたジャックとフレデリカ。

 同性だったけれど、魔女で美人のせいか近寄りがたい雰囲気のフレデリカよりも先にミナはジャックと打ち解けた。気さくに話しかけてくれて、すぐに仲良くなった。彼の明るさに、緊張気味だったミナの肩の力が抜けていった。

 だがそれはすべてこのためだった。

 自分を信用させ、スムーズにエリックに引き渡すために。ここまで面倒な手間をかけた理由も、はっきりしている。寒さに頭が冴えてきたのか、面白いくらいにわかる。

 エリックが手をかけようとした日に言った言葉を、その時は耳に入らなかったが、いまでは鮮明に思い出せる。ミナの血、つまり元貴族の娘、没落令嬢とでもいうのか、それが貴重で、何としても手に入れたかったからだろう。

 ジャックが私に向けてくれた笑顔も言葉も、すべての好意は偽りだった。

 だが過ぎてしまったことだ。怒りはない。ただ、彼の最後の偽りに、ほんの少し胸が痛む。

 ――なぜ、私をエリックに引き渡さず、海の中へ落としたの?

「――行こうぜ。久々の上玉だったんだけど、いねーなら仕方ねエ。とっとと歩け。ジャックの仕置きが最優先だ」

 声と足音が桟橋を離れ、やがて周囲は静まり返った。

「ジャック……」

 柵をつかむ手の力が緩む。どんな思いで、私を落としたの? そう尋ねたかった。だがミナは本能的にわかっていた。彼にはもう二度と、会えない。ここで私が死ぬからじゃない。彼がもう私に会いたくないからだ。

 もし――クラブになんて行かなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。私さえ、状況を変えたいだとか、己のエゴに突き動かされなければ、ジャックとは普通に仲良くできただろうか。それとも、結局別の方法でジャックは私をたぶらかそうとしただろか。

 思い返すと、ジャックには多々怪しい動きがあった。

 偶然を装ってミナを一人にし、エリックに品定めをさせた。勘の良いフレデリカを恐れていた、あるいは近づく必要がなかったから彼女に対してはよそよそしい態度を貫いた。一人で偵察していたのは引き渡しの日程を調整していたから。こんなにヒントは落ちていたのに、愚かにも自分は見抜けなかったことに悔いが残る。

 でも、ミナは自分で動いて作ってきたこれまでの何もかもを、正しいと信じてきた。危ない目に遭ったし、傍から見れば馬鹿なことをしているように見えるのだろう。だがたとえ海に落とされるような結果が待っていようと、これは私が正しいと思った道だ。

 ――だから、絶対に間違ってないし、後悔なんてしてない!

 遠くからまた足音が響いてくる。それが正しさの証拠だった。迷いなくこちらへ駆けてくるその靴音に胸を弾ませながら、ミナは水で重たく垂れてくる前髪を振り払うように頭を振った。四方に水しぶきが飛ぶ。

 もしも、何も行動していなかったら――? 私はこの結末を手にできなかっただろう。

 ミナはもう片方の手を柵の向こうに出した。冷え切った手に、温かすぎるくらいの手がしっかりと重ねられた。こんなに身体は冷えているのに、自然と目頭が熱くなり、表情が綻ぶ。離れないようにと握ってくるその頼もしく大きな手の温もりが、ミナのすべてを肯定してくれる。それだけで、自分が信じ、歩んできた道は十分正解だったと胸を張れる。

「……絶対に、来てくれると思ってました」

 ミナは嬉しいのに、泣きそうな声しか出なかった。さっきまで絶体絶命だった。だけど、自分が信じてきた道を思い出せば、彼が助けに来てくれることに確信を持てた。彼はミナのわきに手をかけ、軽々と海から引き上げた。外気は水の中にいるより寒く感じられた。震える水浸しのミナをリクは何も言わず力強く抱きしめた。その苦しささえ、心地いい。揺りかごの中にいるみたいだった。

 ミナは安心したように目を閉じ、その身をすべて彼にゆだねた。

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