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「もう結構冷えるんだね」

 いつかのようにジャックと夜の街に、二人並んで歩いていた。

 ミナは腕をさすった。薄い上着は羽織っているけれど、空気は刺すように冷たく外は肌寒かった。日中はそうでもないのにな。もう秋がすぐそこまで来ているのだろう。

 ジャックによると、やはりクラブ内に蔓延しているあの煙とニオイがサキュバスの正体なのだそうだ。

 作用はごく普通の覚せい剤と変わらない。少しだけ毒性が強く、特徴といえば、慣れている人よりも慣れていない人のほうに大きく作用することだ。つまりクラブの連中はもう頻繁に吸っているのでさほど重大な害にはならず、むしろミナたちのように滅多にサキュバスに触れない人たちのほうが反応を起こしてしまう危険性が高いらしい。

リクの場合はそのどちらでもない、体質の問題じゃないか、とジャックは言う。

「無菌育ちだしなあ。免疫なさそうだよな……」

 サキュバスの被害に遭っているのはどうも貴族階級が多いことからも、ジャックの説明には大いに頷けた。失礼ながら脆弱というか、潔癖というか、ただの風邪菌でも重篤な症状に発展して寝込んでしまいそうな彼らだ。薬物なんてもってのほかだろう。

「本当、バカだよね……」

 いくら暇だからって、何も薬物を選ばなくても。手を出さなければ良かったのに。

 ため息を吐きながら呆れたように言えば、ミナの無礼な発言にジャックはちょっと驚いてから笑った。

「遠慮しないのな」

「うん。向こうも失礼なこと言ったし、事実だから」

「何か言われたのか?」

「年齢を間違われてて……」

「……そっか。まあ、教育係なんてやってりゃ、そりゃ実際より年かさに思われるよな。けどそんなん気にすんなよ。ミナはちゃんとオレと同い年くらいに見えてるから、大丈夫!」

「……ん? んん?」

「どうかしたか?」

「いや……ちょっと待って……」

 胸を張って励まされるも、ミナは腑に落ちない。というか、こちらのお方も方向がちょっと逆ではあるが結局間違えていないだろうか。まるで、ミナが実年齢より年上に見られてショックを受けている、みたいな慰めだ。そんなこと一言も言っていないのだが。

 自分と同じくらいに見えていると言ったが、ジャックって、ミナの記憶が正しければ十四歳……。そして私は十八歳……。

 ――あれ?

 ジャックの間違った解釈に気をとられうっかり見過ごすところだったのだが、ふと、あたりを見渡すと前に見たクラブへの道ではなく見慣れない景色が広がっていた。

「ねえ、ジャック。ここはどこ?」

 ミナは立ち止まって前を見た。

 仄暗い道の先に見えるのは、この辺りで唯一の港湾。その小さな港には一つだけ外灯があり、ジジジ、と残り少ない力を振り絞るように明滅している。

 クラブへ行くのではなかったのか。それともサキュバスをくれるという人は、ここに現れるのか。

「港で待ち合わせしてるんだ。多分、もういるんじゃないか?」

 ジャックの言葉にミナはなんだ、それならそうと最初から言ってくれればよかったのにと思いながらも迷いなく港へ進んだ。少しびっくりしたじゃない。けれどサキュバスが手に入るならまあ、いいや。ミナは知らず早足になっていた。ジャックが後からついてくる。

 それにしても、どこにいるのだろう。暗くてよくわからない。あの桟橋にでもいるのかな。夜だし取引内容が後ろめたいので、ここで大声で呼びかけるわけにもいかないので、ミナはゆっくりと桟橋に足をかけた。

「あれっ、まだ来てないのかな。誰もいないみたい」

 木板の上を歩きながら人らしき影を探したのだが、誰もいない。

「ミナ――」

 背後からジャックに呼ばれ、ミナは振り返った。

「ジャック。まだ来てないみたいなんだけど」

「――ゴメン」

「え? なに――」

 突然の謝罪とほぼ同時にジャックの手が伸び、ミナの肩を押した。

 ぐらりと揺れたと思うと背中を殴打されたような強い衝撃が走った。大きな水しぶきをあげると、ミナは凍てつくような冷たさの夜の海の中へ、沈んでいった。

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