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女淫魔が精気を奪うのは一度や二度ではないのだろうと推測し、また彼女たちがどれだけ淫らであろうと悪魔であることを考慮すれば当然の結果だと思ったまでだ。
精気を奪われていった男の末路。単純に考えると、それは“死”ではないだろうか。
「ええ。でも、まだただの言い伝えよ。本当に彼女たちがいるかどうかわからないわ」
「……それは残念」
ミナは肩を落とした。
超自然的存在に通じるフレデリカが肯定してくれれば、サキュバスの存在をすんなりと信じることができたのだ。だから首肯してほしかった。
勘違いしてほしくないのだが、決してリク王子がサキュバスに出会って死んでしまえばいいなんて、思ったわけではない。ミナはそこまで彼を嫌っているわけではないし、一応主だし。だからそんな失礼で非情なこと、微塵も思っていない。多分。ええ、神には誓えないけれども。ただ、少しくらい痛い目に遭えばいいのに、と思っただけだ。
しかしまあまだ未発見なだけでいないと決まったわけではない。希望はある。
ミナは窓に向かって膝をつき、手を組んだ。――サキュバスさん、どうぞこのお城にもいらしてください、と祈りを捧げていると強めの力でドアを叩く音がしてミナは跳びあがった。この場を見られたのかと思ったからだ。
「ミナさん、いますか」
ドアの向こうから声がする。良かった、こちら側には誰もいない。見られたわけじゃなかった……。
しかし、安心するにはまだ早い。なぜなら訪ねてきたのは女官だからだ。
不謹慎な胸中がバレたわけじゃなくとも女官が訪ねてくるのはいい知らせであるはずがない。嫌な予感にドクドクと鳴りだした心臓を押さえ、「は、はい」とつかえる喉から声を絞り出した。
「大事なお話があります。フレデリカさんと一緒に、夕食の前に応接室に来てください」
そう固い声で簡潔に用件だけ告げるとさっさとどこかへ行ってしまった。
「……フレデリカ、聞こえてた?」
足音が消え、突風のような訪問にいくらか呆気にとられていたミナは急にハッと我に返り、コン、と壁を叩いてフレデリカに尋ねる。すると歓喜がだだ漏れの声が返ってきた。
「バッチリ聞こえてたわ。何かしら、ちょっと楽しみね!」
「え、ええ~。絶対私たちの仕事に対する話だよ~」
ミナはぐったりと床に倒れ込んで半べそをかいた。
そりゃあ、この城では毎日が変わり映えのしない単調な日々だから、変化は喜ぶべきことなのかもしれないが、それはできれば良い変化であってほしい。試練や苦労はもうお腹いっぱい。
「それより、なんで急にサキュバスの話なんかしたの?」
「ああ、それはね……」
まじめな話になったのでミナは上体を起こして雑誌のことを話した。
すると薬オタクのフレデリカは声を変えて是非私にも貸してと叫んだ。
多分今も話しながら片手間に色んな薬の調合を行っている。正確にはミナとのお喋りが片手間だろう。
時に話している合間に「こっ……のやろおおおおおッ!」と雄叫びを上げながら何かを絞るような音や、ガラス瓶が触れ合うような音が聞こえてくる(これはしょっちゅう)ので絶対そうだ。
彼女のために、ミナは応接室へ行くまでの間に急いで雑誌を読み終わらせた。