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 その後のリクはというと、熱が出れば解熱薬をその都度飲む、というのを繰り返した。

 フレデリカを賛仰していたあの変わった老医者も、起きてしまったことにその都度合った薬を服用するしか方法はないと言っていた。高熱以外に目立った症状はないが、これでは根本的な治療になっていない。それに何より熱のせいで何をする気も起きないらしく、彼はほとんど部屋から出ず、しかもベッドから動かなくなってしまった。

 授業もしばらくは休むことになった。この状態でやっても無意味だからだ。一応は自習ということになっているが、部屋に人を入れたがらないので、実際は不明だ。

 またミナは不安になった。また泣きそうになって、押しとどめた。

 リクが倒れたあの夜、ミナが泣くことを肯定されたような気もしたが、真意はまだはっきりしていない。しかしだったらなおさら、涙は彼のためにとっておこうとも思ったのだった。それに、元々すぐ泣くような性質ではない。泣いている自分を好きではない。

 全ての唯一の解決策はサキュバスを手に入れること。

 先に偵察をしているジャックは、まだ事が進んでいないのだろうか。足手まといでもいいから同行したい。正直もう我慢の限界だった。そんなある日の午後だった。

「ミナ!」

 騎士団から戻ってきたジャックが、とにかく身体を動かしたくて女官に無理を言って廊下の雑巾がけをさせてもらっているとき、ミナに駆け寄ってきた。

「ジャック……」

 なんだろう、とミナはあまり気が進まないが立ち上がった。ジャックは息を弾ませて、ミナの両肩をつかんで揺すった。

「ミナ、今晩だ! 今日、行こう!」

「え……? ――あ!」

 ぼんやりしていたミナは何の話だか飲みこめると、目を見開いて呼吸さえも忘れて硬直した。ミナの手からずるっと雑巾が落ちる。

「やっとだよ! やっと、今日ならくれそうな人が来るんだ。もう今日しかない。絶対に行こう!」

「うん。……うん!」

 ついにこの日が来たかと、ミナは感無量で大きく頷いた。これでやっとリクを助けられる!

 待ちに待った夜が訪れると、急いていたミナは約束の時間より早く部屋を出た。

 早く行っても、そのサキュバスを“くれそうな人”に会えないのであまり意味はないのだが、いてもたってもいられなかったのである。

 これでやっとリクはフレデリカに解毒薬を作ってもらえて、完全に回復する。そして、私に会ってくれる。

 ――お顔を、少しでもいいから見たい。

 最後に彼と会ったのは、老医者が来て大胆にも他の人がいる前で口づけを交わしたあのとき。ふせって部屋に閉じこもってしまってからは、世話をするジャック以外は寄せ付けていないのだった。

 会いたい。

 だって、……彼のことが好きだから。

 会えない間に、ミナは彼を好きだと自覚していた。

 好き――にも色んな種類があるのは知っている。

 家族に対する好き、友人に対する好き、異性に対する好き、動物に対する好き、先生や師匠に対する好き。

 リクのことが好き。だがそれがどの好きに相当するのかはわかっていなかった。

 キスをするような仲だから異性として好き、なのではないかとまず思った。しかし王子で美形の彼は異性として最上位に位置する。不行跡は一旦置いといて、それさえなければだれしも好きになるだろう。そしてその好意は“憧れ”でもあったりする。憧れと異性として好きは違う。また、ミナは自分に恋慕の情を向けてくれる異性が滅多にいない。経験がないので、単純に、「これは恋愛の好きだ!」と決めてかかることができないのだった。

 そんなわけで分別はできていないが、“好き”であることは確実だった。

 好きな人に会いたいと思うのは当然だ。少しだけでいい。リクの部屋の戸を開けて、隙間から覗き見するだけでもいいから見たいという気持ちがあふれてきた。よく考えれば気持ち悪い行為なのだが、部屋に入れてくれないのだから会うためにはこうするしかないだろう、と開き直る。

 では決行。

 ミナは泥棒にでもなった気持ちで忍び足でそ~っとリクの部屋へ向かった。

 そろりそろりと近づき、そこで思わず声を出しそうになった。

 ――……えっ? どうして……?

 扉が少し開いていた。誰にも入られたくないリクが閉め忘れるだろうか。ジャックの訪問以外で扉が開くことはない。ということは、ジャックがいま中にいて、たまたま施錠を忘れているだけ?

 そんなふうに思ったのだが、部屋の中から聞こえてきた人声に、ミナは心が打ちのめされた。

 よく聞きなれた、フレデリカの声に。

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