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いや私はまだ何も言ってないぞ……と怪訝になりながらもおいて行かれたら手持ち無沙汰になるので言われるままについて行くと、奥まったところにある階段を降りて半地下へ出た。
そこには扉がいくつものカギで厳重に施錠されている書庫があった。いかにも「立ち入り禁止」みたいな怪しい雰囲気がする。おそらくそうなのだろう、あまり出入りしないせいで人の気配を感じられないあの独特の薄気味悪さと、半地下とあってか肌を刺すようなひんやりとした空気がこの書庫には流れていた。
ミナはすぐに気がついて、大人しく収まっている本たちを指さしながら、
「ここにある本って……その……本来、借りられないやつですよね?」と尋ねた。館長はニコニコしながら頷いた。
「ええ。ですが特別な事情があれば、貸出しております。ただし、ここにある本から得た情報や本自体を他人へ貸出すことは一切禁止です。目的以外に使用するのも厳禁です。これを破ると処罰の対象になりますのでご注意ください」
表情に合わない厳しい注意にミナはまごついた。
「えっ……! あの、本を必要としているのは私はじゃないんです。私は来られない本人に代わって遣わされた、ただの調達員のようなものでして……」
「国王より許可を得ているのはミナという方とフレデリカという方です。カードの裏にはそう書いてありますね。女性の名ですし、あなたはそのどちらかでしょう? ですからご心配なさらなくとも大丈夫ですよ。えーっと、それで、ここでの本の貸し出し手続きは私に、さっきとおったところにある他の書架は、他の利用客と同様、所定の係りにお願いしますね」
それではご自由にどうぞ、と言いおくと彼は踵を返した。
「これは全部、一般には貸出されていない。いわゆる――禁書なの」
最後のページのすみに、国の所有物である証の印が押してある。そしてこれらの本だけ、“禁”の判も共に捺してあった。
こわごわと禁書を一つ一つ手に取って薬関係の本を探し始めてからようやく、ここに通されたのは、女官の画策だったのだと気づいた。あの手紙に、その旨が記されていたのだろう。
「すっ……すすすすす素晴らしいわ! 最高だわ、ミナ! ありがとう、大好きよ!」
感極まったフレデリカが両手を広げてミナを抱きしめた。薬品類のニオイさえしなければさらさらとした髪や柔らかい腕と胸がとても気持ち良い。
「どういたしまして。でも、手はずを整えたのは女官だから女官にお礼言っておいて……。それで、そっちのほうは全部あった?」
フレデリカの熱い抱擁の中でもぞもぞと動いてミナは一般貸出されているほうの本の山を指した。フレデリカは「ええ」と言って頷いた。
「私が指定したものは全部あるわ。それに、この子たち……! 十分すぎるくらいよ! さあ、そういうわけでミナ、手伝ってちょうだい」
「……えっ!?」
思いがけない提案にミナはぎょっとした。
「なあに。イヤなの?」
目をすがめ強行しようとする彼女に怯えたミナは顔を下げた。抱きしめられているので、身長差もあってちょうどフレデリカの谷間が目に入った。見られて気にするような彼女じゃないので、遠慮なく眺めさせてもらう。
というか、いつ離してくれるのだろう。……この抱擁はもしかして、捕獲のため?
「いやっていうか……私、お腹すいたから……」
「そう。じゃあご飯食べたらここへ来なさい」
「…………」
ミナは真剣に考えていた。
実は過去に一度だけ、フレデリカの手伝いをしたことがある。
そこでミナは鬼を見た気がしたのだ。そらおそろしいことに、実験中の真剣なフレデリカときたら、厳格を具現化したような人に化けてしまうのだ。
少しでもミスをしようものなら容赦なく怒鳴られるし、初心者だろうと難しい注文を付けてくる。怒られなくても、興奮しきった彼女を相手にするのは疲れる。何を言っているのかわからないし、劇薬も扱っている時点ではっきりいってド素人のミナには恐怖しかない。もう二度とやりたくないと思った。いや、やらないと誓った。自分の身のために、やってはいけない。
そう正直に言っても「大丈夫よ」の一言で片づけられるのは明らかだ。てきとうなことでは彼女は引き下がらない。だから彼女を納得させるだけの理由を必死に考えていた。
「ちょっと……予定が」
しかし絞り出したところでこんなありきたりのものしか出てこなかった。これじゃあ今日は逃げおおせても明日捕まる。
「あら、でもクラブへはまだ行かれないのでしょう? それともついにジャックから同行を許可されたの?」
「いや、まだかな…………」
もう何も言えなくなってしまった。試合終了。撃沈したミナは顔をばふっとフレデリカの胸に突っ込んだ。このときばかりは柔らかさが妙に癪に障った。
頭上からふふふ、と勝利の笑いが聞こえてくる。
「じゃあ食べたら来なさいね。まったくもう。変に嘘をつかないでちょうだい」
「……なあ。お前ら何してんだ?」




