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永遠とも思われた授業が終わり、その日もいつも通りに肩の力を抜いて一人で部屋で寛いでいた。
職務については、なんとか進展させたいのだが、それを考えるのもだんだん億劫になってきていた。考えすぎると体調が悪くなるし、人を空気扱いする性悪リク王子から解放されたあとくらいは彼の事など考えず好きに過ごすことにしていた。
考えるのは授業の直前だけでいい。それが心の平安を保つ術だった。
ミナは安楽椅子にどっかりと背をもたせ、ジャックに借りた王都周辺で流行っている科学雑誌を読んでいた。すると、少し気になる文面を発見した。
あまり視力の良くないミナは、雑誌を鼻がぶつかりそうな距離まで近づける。
「えーっと……、『危険薬物“サキュバス”によりいよいよ死人出る』。…………サキュバス?」
ミナは近づけすぎた紙面から一旦顔を離し、今読んだ薬物名に首を捻った。
どこかで聞いたことがある。でも、どこだっけ。外国の言葉だろうけど。
そういうときは、無駄に考えるより、知っていそうな人に聞くのが早い。
ミナは椅子から降り座面に雑誌を置くと、壁を叩いて隣の部屋の住人の名を呼んだ。
「フレデリカ!」
「は~い」
まるで待っていましたといわんばかりに、すぐに壁越しに間延びした声が応答する。
ミナとフレデリカの部屋は隣同士で、壁が薄いらしくこうして壁越しに会話が出来るのだ。案外、相手の部屋を訪ねなくていいのは便利だったりする。
普通に話すより、壁越しに話しかけられると特別感があるのか嬉しいらしいフレデリカの、ふふっ、とおなじみのくぐもった笑い声が聞こえる。
「どうしたのかしら」
「ねえ、サキュバスってどこの言葉でどんな意味だか、フレデリカ、知ってる?」
「すぐ近くの島国の言葉ね。女淫魔のことよ」
あらかじめミナの質問を知って答えを準備していたかのような即答ぶり。さすがフレデリカ、やはり知っていた。ミナは舌を巻いた。
「フレデリカ、あなたって本当何でも知っているんだね。へえ、淫魔ね、淫…………えっ?」
「い・ん・ま」
「そっ、それはわかったって……」
「あら? 意外ね。私、あなたはまだ子供だと思っていたわ……ああ、そういう戦略ね! 確かに、一定数ミナのような女性を好む殿方はいるわねぇ。私もまんまと騙されちゃっていたのね!」
「何か盛大に勘違いしてない? ……で、その、女淫魔って具体的に……どんな悪魔なの?」
勘違いは後日正しておくことにして、この城に来てから暇を持て余しどんな些細なことでも知りたいと知識に貪欲になってしまったミナはサキュバスの詳細を尋ねた。
「男性の夢の中で、誘惑するの。そして身体を重ねるごとにその人の精気を奪っていくと言われているわ」
女子同士で楽しくお喋りするときのトーンから、急にまじめな声音でフレデリカが説明してくれた。
……誘惑。それはつまりそういうことか。
男性に対してあまりいい印象を持っていないミナは下劣な思考を働かせた。
だったら、阿呆な男共はむしろ喜んで精気を奪われているんじゃないか。特に女好きで毎晩遊んでいるリク王子とか、あるいはリク王子とか、リク王子とか。むしろリク王子! 呪文のように彼の名を挙げて一人勝手に憤っていると、あることに思い至る。
「……それってさ、死ぬこともある?」