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「フレデリカ! はい、これ。間違いはないと思うけど……一応足りないものはないか確認してみて」
「きゃあああっ! 素晴らしいわっ! ええ、ええ、どれも愛しくて食べちゃいたいくらいだわぁ」
ミナは抱えていた大量の書籍をドバっと薬品のニオイと色で毒気に染まったフレデリカの机に置くと、彼女はよだれを垂らさんばかりにへらっと相好を崩し、それらを一つ一つ手に取ってうっとりと指先でなでまわしていた。
夕方を過ぎたころ、ミナはこのフレデリカに頼まれていた大量の書類と共に帰ってきた。
先日、サキュバスや他の実験にますます精力的に力を入れているフレデリカから、「もっと有力な情報がほしい」と言われた。続けて「私は一度も使ったことがないし、蔵書もどういったものがあるのかわからないけれども、無いよりはいいわよねぇ?」と王都の城の敷地内にある、王立図書館の蔵書が読みたいと言い出した。この言い方からして、またしても自分は現場に行かず、誰かを使おうとしているのは明らかだ。
女王様気質というかなんというか、この魔女は人をこき使うのに迷いがない。魔女の村じゃなくていつもの領地を持ち、そのうちの一つである広大な田舎に優雅に暮らしていた貴族令嬢だったのではないかと勘ぐってしまう。……それはともかく、要するにミナに図書館へ行って来い、と言っているのである。
図書館があるのは知っていたが、貴族の子息、学者、王都周辺の学校に通う学生たちが主な利用層で、それにあてはまらないミナは行ったことがなかった。ただ、幼いころに何度か見たことがあったので、並ぶ城に比べれば小さいがその壮麗さはミナを魅了した。図書館自体利用したことのないミナは、いつか一度くらいは使ってみたい、そしてできればこの王立図書館がいいなと思っていた。
これはちょうどいい機会かもしれない。
使い走りっていうのがまあアレだが、どれだけ速く馬を走らせても往復で半日はかかる移動にフレデリカが行きたがるわけもないだろうし、ミナもたまに王都へ出向きたかった。それになにより、彼女の知識が上がれば、それだけサキュバスの解明が近づくことになるだろう。まだ現物は入手できていないし、調査は老人の散歩並に緩やかで、決して順調というわけではない。だからこそ、ほんの些細なことでもいい。どこで何に役に立つかなんてわからなくても、リクのために、薬に関連するものは全てそろえておきたい。
サキュバスについての資料調達という名目で初めて女官に外出許可を求めると、勝手にクラブへ行ったという前科のあるミナは内心かなりハラハラしていたのだが、予想に反して彼女は快く承諾してくれた。
しかし、それは別にミナでなければいけない、というものではない。あらかじめほしいものはフレデリカがリストアップすることになっている。また、薬草関連であればなんでもいい。つまり任務がはっきりしているので、誰が出向いても同じ結果になるだろう。
たしかにそうだ、とミナは思ったが、だったらつべこべ言わずに私でいいじゃないとも思う。理由を尋ねると、あなただと何時ごろに外出するかが問題になるからだと答えた。
まず、移動には結構な時間を要するので、朝早くから出かけたほうがいい。だがミナの仕事が終わるのは夕方前。着くころには夜中だし、妙齢の女子を一人で夜間に移動させるのは気が引けるという。フレデリカも同じだ。そもそも彼女は行きたがらない。というわけで彼女は候補から除外。唯一の男子であるジャックだとリクの身の回りの世話をする者がいなくなってしまうので、彼も除外。女官はもちろん自分の仕事がある。論外。そうなると結局ミナしか残らない。
そこで難しい顔でしばし考えた女官は、近頃のリクの様子とフレデリカのことを考慮して、一日くらいは授業を休んでも問題ないでしょう、朝早くからあなたが行って来てちょうだい、と言い渡した。これなら日が出ているうちに戻って来られる。ミナ一人で行ける。
思いがけない特別休暇を与えられたような感じがして、ミナはわあっと喜んだ。
「こらこら、遊ぶのではありませんよ。これはれっきとした仕事です」
小躍りしているミナに、仕方ないわね、とでも言うように笑いながら眉を下げて軽くたしなめると、女官は引き出しを開けて紙に取り出し、何か書き始めた。丁重に封をし力強く判を押すと、ミナに渡す。
「これは……?」
真紅の封筒を眺め首を傾げるミナに、女官が意味ありげな間を置いてから、威厳のある上司らしい口調で答えた。
「――図書館へ入るより先に、国王様へお渡ししなさい。私からの大事な知らせです。くれぐれも、無くさないように」




