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 身を乗り出し、身分も女性としての恥じらいも忘れ、ミナは興奮しながらリクに詰め寄って熱弁をふるった。

「そうです! 誇り高き彼の名はヘルマン・ヨハンソン。かつて王宮騎士団の副団長を務め、あの日、第三の国へ加勢中にっ、……殉職いたしました」

 まさか彼が最愛の父の名と顔とその使命を知っていたとは! ミナはもう興奮を抑えきれなかった。

 リクの膝に両手をついて熱く語るミナに、リクはこれ以上は近寄られないようにとのためか、両手を挙げて降参のポーズをとっている。暴走気味のミナに気圧されながらも「あ、ああ。知っている」と穏やかに言う。リクはミナの肩を押さえ彼女をやんわりと制しながら切り出した。

「この人はあの頃の俺にとって、一番の幸運だった」

「……!」

 ミナの目が光線でも出しそうな勢いで一層輝く。

 リクは、出会ったばかりでも「共通の知り合いがいる」とわかった途端に見せる、相手を仲間ととらえるような、親近感のある表情を全面に出して、説明を求めているミナのために、語ってくれた。

 彼によると、リクがまだ王都の王宮にいたころ、父とは二、三回話しただけだという。

 最初は王宮騎士団ということでよく王宮に出入りしているところを見かけ、まだ幼かったリクは純粋に騎士たちの武人としての強さに憧れていた。すでに問題児として王宮の厄介者扱いされていたリクは、そのうち一人隠れて頻繁に彼らを遠巻きに眺めていた。そんなとき、声をかけてくれたのがミナの父、ヨハンソン副団長だった。

「騎士団の中でも、あんま喋っているようすはなかったな。でも、その寡黙さが俺には余計かっこよく見えたんだ」

 リクが一人で隠れていることからして、国王や使用人の目を盗んで抜け出してきていることは明らかだった。うかつに声をかければ国王に叱られるかもしれない。だが、ヨハンソン副団長だけは違った。

「なあに、殿下だってまだほんの子供さ。その子供が色んな障害を越えてたった一人で我々のところまでやって来たのだ。相手をしないほうが礼に欠けるではないか」と言って団員たちの輪に入れてくれた。それからはリクを見かけると、団員たちは率先してリクの相手をしてくれた。だが、ヨハンソンは元々多弁なほうではないので、それから何度か挨拶を交わした程度で、それ以上話をすることはなかった。

「他の団員たちが俺に興味を持って話をする隙がなかった、っていうのもあるけどな。ほら、一応王子だからな。俺に気に入られればもしかしたら……っていうのがあるからな」

 上手くいけば国王から贔屓されるかもしれない。騎士という立場にありながら、彼ら大人たちからはそんなよこしまな気持ちが見え隠れしていた。

「俺はずっとヨハンソン副団長だけが気になってたんだけどな。だって、俺をちゃんと個人として見てくれたのはきっとあの人だけだったから」

 子供の持つ本能のようなものだろうか。たとえ関わる機会が少なくても、厳めしい顔つきだろうとヨハンソンが自分を大事にしてくれているのがリクにはわかった。

 国王のように甘やかしすぎるのでもなく、使用人たちのように半分恐れ、半分馬鹿にするでもなく、目が合えば敬意を持って敬礼してくれる。大人でも子供でも王子でもなく、ヨハンソンの目にはただのリクその人が映っている。ああ、この人は真っ直ぐで綺麗な人間だ。小さいリクにはそう思えた。

「だから、死んだって聞いたときはショックだった。国の、じゃなくて俺の味方を失った、って思った」

 たとえ話すことはできなくても、存在してくれているだけでよかった。生きている限りはいつでもどこでも助けを乞えば、とんできてくれるような気がしていたからだ。だが、彼は死んだ。これでもう、自分を見てくれる人が誰もいなくなった。

「もっと話したかったよ、正直。でもそうか、俺の一番の味方じゃなくて、お前の一番の味方だったんだな。それに、お前は俺よりずっとあの人と喋ったり、遊んだりしたのか。……羨ましいな」

 長々と語ったリクは、父を思い出してか少し寂しそうな顔を見せた。

 ミナは幼いリクを救ってくれていた父を誇りに思うのと、リクの悲しさと、父を大事に思ってくれていることの喜びで、小さな胸は感情ではちきれそうになっていた。許容範囲を超えた感情は、結局こらえきれず、涙として溢れ出ていく。

「えっ!? ちょっ、チビ! どうして泣くんだ!」

「わかりませんっ……」

 とても一言では説明できないし、きっと自覚している以上の感情もあるはずだ。ボロボロ泣くミナに、リクはどうしたらいいのかとまごついている――と思っていると彼は舌打ちをして、

「……チッ! お前のせいだからな、悪く思うなよ」と言い訳してから急に身体を寄せてきた。ミナの胴体にリクの 手が回り、もう片方の手で頭を逃がさないようにと押さえつけられた。

「ふぇ? あ! ――ンんっ」

 しっかり拘束されたミナの眼前にリクの顔が迫り、途端に唇にあの感覚が蘇る。

 ミナはゆっくりと目を閉じ、その感覚に酔いしれた。温かくて、優しい。不思議と心が落ち着いてくる。

 あの日以来の、二回目のキスだった。

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