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「あー……これはこれは殿下。えっと……こんばんは!」
「はいこんばんは。で、こんなところで何してんだ」
せっかく元気に挨拶をして誤魔化してみるもてきとうにあしらい粉砕してくるリク。
さっきの一連の出来事を見られていたのだろうか、とミナはハラハラしていた。見られていたとしたら恥ずかしいし、勉強を教える立場にありながら、こんな間抜けなミスを犯すなんて、頼りなくてどんくさい奴だなあと思われてしまうだろう。彼のせっかくのやる気を削ぎかねない。それはいけない。ミナは固い笑みを浮かべ、それとなく会話をしたくないという意を見せる。
「別に大したことでは……もう終わりましたし」
「何で座ってんだ?……さっきの音、もしかしてお前が転んだ音か?」
聞こえていたらしい。あえなくバレてしまった。
だが、見られてはいなかったみたいだ。ミナは視線を逸らしながらゆっくりとあいまいに頷いた。
「ふうん、大丈夫か? 怪我は?」
転んだと知ればてっきり笑われたり、小馬鹿にしてくると思っていたのだが、そんなことはなかった。リクはしゃがんでミナの顔を覗き込んだ。心配しているらしく、大まじめな顔で問う。いたって紳士的な対応だ。胸が騒ぎ始めたのは、多分顔が近いのとその見慣れない姿に緊張したせいだろう。
「あ……ない、です。ちょっと……痛むけど」
ミナはほんのり赤くなりながら、しどろもどろに答えた。
「そうか。部屋だな?」
「はい? えっ、わっ! うぎゃっ!」
急にリクに近づかれ、いつぞやのハグとキスを瞬時に思いだしあわあわしているミナを、リクは横抱きにして立ち上がった。カンテラも拾い、ミナの部屋まで一緒に運ぶ。
「でででで殿下!」
「痛むんだろ。ほら、降りろ」
部屋に入るとリクはジタバタしているミナをご丁寧にベッドに寝かせまでした。
普通逆じゃない、こんなの女官にバレたら叱られちゃう、とミナは慣れない手つきで掛布団までかけてくれるリクを見ながら思う。彼は布団を顎の下まで持っていって整えた。ミナとしては異性に安易に無防備な姿をさらしたくなく半身を起こしたかったのだが、彼は一仕事終えたみたいな清々しい顔つきをしていたのでそれははばかられた。大人しく横になったままでいることにする。すると彼はミナの狭いベッドの端に腰かけて足を組んだ。
すぐに出て行くのではなく、こうして一緒にいてくれることに、最初こそ無視されていたけれど、やっぱり自分は他の使用人に比べて好かれているのではないか、と自惚れてしまう。
「なあ、チビ。お前さ、最近……――ん? それは何だ?」
リクが話し出したところでミナはずっと手に持っていた写真を布団からススス、と出して枕元に置いた。それが気になったらしい。
リクはミナの出した写真を見ながら、
「それ、見てもいいか?」と聞いた。
「もちろんいいですよ。どうぞ」
ミナは興味をもってくれたことが内心嬉しかった。弾んだ声のミナから写真を受け取ると、リクはじっと食い入るように見つめている。まあ、誰だかわからなくて当然だろう。そう思ってミナが説明した。
「私の父です。……もう、この世にはいませんけどね」
「えっ……この人……」
「どうしましたか?」
「――ヘルマン・ヨハンソン元副団長?」
随分久しく耳にすることのなかった名が、どういうわけか彼の口から紡がれた。
ミナは先ほどの配慮を忘れて半身を起こし、キラキラした瞳をリクに向けた。
「父をご存じなんですかッ!?」




