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先日の予定通りしばらくはジャックが一人で密偵を行い、その間何も出来ないでいるミナは、心配しているせいで頭の中が前以上にリクでいっぱいになっていた。
授業中はもちろん異変や異常はないかとリクの動向に目を光らせているし、それ以外の空き時間や食事中も、たとえ別のことを考えていても、頭の片隅には必ずリクがいる。明けても暮れても考えるのは彼の事ばかり。
――これじゃあまるで、彼に恋しているみたいじゃないの。
と、思わなくもなかったが、一瞬よぎったきりだった。ミナにとっては彼の身体の心配のほうが大きい。
リクの様子は一見変わらなく思える。
いまは寝るのと授業にまじめに取り組むの割合はちょうど半分くらい、五分五分だ。仕方なく受けていた授業も、日が経つにつれ、ようやく王子としての自覚が芽生えてきたのか、真摯な態度で臨むようになった。それにつられるようにミナとフレデリカ、二人の教育係もしゃんとし始めた。
いままで、さて、どんないたずらをしてやろうかなと企んでいる悪ガキみたいな眼差しでミナを見ていたのが、百八十度変わって熱心な学生のような誠実なものへと変化していった。いたずらも、ぐんと減るどころかゼロになった。
内容にもよるが、いたずらそれ自体は心を許してくれているみたいだし、ミナにしかしない、というのもあって実はちょっとミナは嬉しく思っていたので全くしなくなったのは少し寂しい気もしたが、彼はいつかは離れていく人だ。いま、ほんの少しだけ横道にそれているだけで、いずれ彼は彼の輝く正しい世界へ帰っていくのだ。成長を寂しがっていても彼のためにならないし、喜んでやるべきなのだ。
その日もミナは真剣に授業を行った。そこでふと思ったのだが、意外と以前より疲れを感じるのはなぜだろう。気力も体力も使わなくなったはずなのに。うーん、とミナは思い当たりそうなことを考えた。
――……そうだな、常にリクの様子を案じているし、彼の勉学に対する意欲に応えようと必死になっている。
ああ、とミナは合点した。それって結構精神的に負担がかかっているかもしれない。
ミ ナは夕食をすませるとまだ眠くないし時間もあったので風呂に入ってきた。そのついでにいつも着ているワンピースを明日洗濯してもらおうと洗濯かごに入れてきたのだが、そこでハタと気がついた。ポケットの中身を出していない。寝ようとしていたミナはがばっと起き上がって走って下へ降りていった。ポケットには、大事な父の写真が入っている。
提げてきたカンテラを当ててみると、洗濯かごの中は人が少ないわりに色んな物が山と積まれていた。
そこで目立つのは胸焼けしそうなほどに不気味な色をした布たちだ。このたくさんの魑魅魍魎とした布の持ち主は言うまでもなくフレデリカのものだ。実験に使っているのだろう。このおぞましい色が写真に移りでもしたらたまったもんじゃない。
さいわいミナのあとに誰も洗濯物を追加しなかったらしく、ミナの服は一番上にあったのですぐ見つかった。使い古した自分のワンピースを手に取り、ポッケに手を突っ込みお目当てのものを探る。あった。ミナはきちんと父の顔を確認すると、大事に手に持って廊下に出た。
写真以外にも父が遺していったものは色々あるのだが、全部家の自室に置いてあるし、ミナはこの写真が一番気に入っていた。常に自分の届くところに置いておきたいのだ。
無事にあって良かった、と思わず笑みをこぼしながら歩いていると、前を見ていなかったせいで廊下に置いてある壺の載った小テーブルの角にぶつかって、ミナはきゃっと声を上げて転んだ。カンテラも写真も手から落ちていった。
「いったたたたた……」
ミナはぶつけた太腿のあたりをさすり、あっと声を上げた。写真をどこかへやってしまった。
大変! とカンテラを立て直し、写真写真、とまるで眼鏡を探す人みたいに手当たり次第に辺りの床をペタペタと触る。すると、すぐに指先に紙のような感触を覚えた。
「――あった!……ふう」
ミナは指先に触れた物を拾い上げ、見ると探しものであることが確認できた。すぐ近くに落ちていた。良かった。ミナは額に浮き出たイヤな汗を拭い、写真を胸元にあてて、安堵のため息を吐いた。そのときだった。
「お前……何してんだ?」
座り込んで何やらほっとしているミナに、前方からやってきたリクが、珍獣でも見るかのような怪訝そうな目つきでこちらを見下ろしていた。




