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珍しく腹を空かせて食堂へ下りいつもより上機嫌で一人黙々と食事を摂っていると、作業中の台所のほうから、女官とジャックの声が聞こえてきた。
「……ところで、ミナさんはどうしたんです?」
声からして、女官は大分不思議がっているのがうかがえる。リクもミナという名前に気を引かれ、そっと食事の手を止めて彼らの会話に耳を傾けた。
「そういやいないっすね。どうしたんでしょう」
「また何か良からぬことでもしているのでしょうか……そういえば、今日ずっと誰かが走っているような騒音がしていましたね。それと関係あるのかしら」
「うーん。俺今日一日、前庭にいましたけど、ミナが出て行く姿は見てないっすよ」
「そうですか。フレデリカさんもまだですねぇ……まあ、彼女はまだしも、ミナさんが遅いのは不思議ですね。何かあったのでしょうか」
女官の不安げな声に、ジャックはケラケラと笑った。
「ははっ、たしかにミナは食い意地張ってますからね~! なんでも、『悩殺! わがままボディ』になりたいかららしいですけど」
「んぶ、ぐっ……」
ジャックの衝撃発言にリクは口元を押さえて必死に笑いをかみ殺した。
肩を震わせながら、食事を止めておいて良かった、と心底思った。食べたままだったらあえなく噴射して大惨事になっていた。というか、あいつそんなもの目指していたのか? と腹の底から止めどなく笑いが湧き上がってくる。
そんなリクとは対照的に、冷静な女官の言葉が鋭く響いてきた。
「……ずいぶん馬鹿げたことを考えるのですね。けどミナさんは年齢にしては痩せすぎではありますね。わがままボディは夢で終わると思いますけど、もう少し太った方がいいですね。食べに来るかはわかりませんが、いつもより多めに作って保存しておきましょうか」
「あれ、女官って意外と優しいんすね! ……あっ、失礼しました」
「……部下の体調管理も仕事の内の一つです。あれだけ細ければ、いつ倒れるともしれませんからね」
――たしかに細いし小さいな……。
リクはエリックから間一髪救った、昨日の夜のことを思い出した。
ミナはもともと背は低く、小柄だ。
抱きしめた身体は少し力を入れれば壊れてしまいそうなほど頼りなく、破れた服から覗く胸は、まだほとんどと言っていいほど成長していなかった。成長の兆しさえ見えない。
あのくらいの年齢、十四、五歳だともっとあってもいいと思うのだが。クラブにまわされている同世代の少女たちのほうがずっと女性らしい体つきをしている。女官の言う通り、わがままボディは永遠に夢のままだろうな、と思う。
――…………あ。
そこまで考えると、もしかすると先ほどの廊下での競走は彼女に無理をさせてしまったのではないか、とリクは思い至った。
時間になっても食事に来ないらしいのは、あまり考えたくはないのだが、リクの都合で無意味に走らせてしまったせい……だろうか。……ちょっと罪悪感が湧いてきた。
リクとしては久々、というか初めて楽しかったという思いが強く、彼女がどんな顔をしていたのか気にかける余裕がなかった。だが今思い返せばかなり疲れていたような気がしてならない。
あんな折れそうな細い身体に、俺は鞭打っていたのか。だとしたら最低じゃないか。
「あ、給仕戻ります」
後悔していると、聞こえてきたとおりジャックが給仕に戻って来た。まだ少し残っていた今晩のメインを下げると、デザートを持ってきた。
「…………」
「殿下? どうかしましたか?」
リクは果物てんこ盛りのタルトをじっと見つめた。気に入らなかっただろうか、とジャックが首を傾げる。嫌いというわけではない。黙ったまま見つめ、そして、
「これさ、その……部屋に持ってく」と言って立ち上がった。
「え、あ、はい。オレが持って行きます。ちょっと待ってください」
「いや、いい。あと……もう一つあるか? それと、水も」
「へ? あっ、はい、あります! 持ってきます」
今までされたことのない急な注文に、ジャックはあたふたと台所に走っていった。
戻って来るとトレーの上にはすでに水とタルトが一つ載っており、さらにリクのタルトを載せて計二つのタルトを渡した。
リクは礼を言い受け取ると、食べてくれるだろうか、と少々不安になりながらも彼女の部屋へ向かった。




