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「そうですけど、私古典持ってないので出来ないんです。多分この様子じゃフレデリカも持ってないだろうし……。後で女官に言って取り寄せておきます。いずれきちんとやりますから、それまで待ってください。先に他のことやりましょう」

「やだ」

「……殿下」

「やだ」

「殿下!」

「やだ!」

 大声を出せば相手も大声で応戦してくる。

 駄々をこねているリクが完全にわがままな子供に見えてきたミナは立場を忘れて叱りつける。

「……やだじゃないでしょう! いい年して、それくらい融通利かせなさいよ!」

「やだ! 絶対やんねーよ、バカ!」

「……がきんちょめ!」

「おい、聞こえてるぞチビ!」

「気のせいじゃないですかね」

 ぼそっと漏らした悪口も耳ざとく拾い噛み付いてくる駄々っ子にミナは疲れて肩を落とした。なんだか先が思いやられる。昨日抱きしめて口づけてきた大人の男性と同一人物だとはとても信じられない。

 ミナは額を押さえて嘆息した。こんなときこそフレデリカにいてほしい。ちら、と彼女のほうを見るも、起きてくる気配はない。

 リクがぷりぷりしながら踏ん反り返った。

「そんなわけあるか。ふん、じゃあ仕方ないからまた勝負してやるよ、ハンデもさっきより多めに付けてやる。それでどうだ」

「え~? あ、ちょっと……」

 どうだも何もすでに立ち上がってミナの腕を引っ張り廊下に出て行く。

 ミナは別に体力に自信が無いわけではないし、さきほどはフレデリカに気をとられてしまっていたので、ハンデが増えれば一応勝算はあるので悪い案ではないけれど、そういうのなしに勉強しようよ、と言いたい。まあ、さきほどの様子からして無理そうな願いではある。

 ミナは諦めることにした。

 まずは気が済むまで子供の要求を満たしてやる。それからこちらの要求を通す。もうそれでいこう。競争くらいすぐに終わるだろうし。

「……わかりました。その代わり、言ったとこはきちんと守ってくださいね」

 念を押し、腹をくくったミナがスタートの合図を告げる。……それを二時間繰り返した。


 さすがのミナも、ハンデ有りでも成人男子の体力には勝てなかった。後半はもうなんとしても勝たなければならないという意地だけで走っていた。しかし結局勝てなかった。リクの思うつぼだった。

 悔しさで頭を振り乱し半狂乱になったミナを、リクはこれ以上ないくらい嬉しそうに笑っていた。

「お前面白いなあ」と言って頬を紅潮させている姿は、不覚にも、走ったかいがあったと思わせてしまう笑顔だった。きっと疲れていたせいで思考力が落ちたせいだろうけど。

 疲労に意識が遠退き少し前まで感じていた空腹すら忘れていた。全身汗だくで風呂にでも入りたいところだがもうこれ以上は動けない。今日で体重三キロは落ちたと思う。今夜の夕食は抜きでいいや。ああ、さらにマイナス一キロだ。

 それと、明日は早速フレデリカと作戦を立てなければならないな、とぼんやり考える。今のうちに休もう。

 ミナはもぞもぞと掛け布の中へ潜り、顔だけぬっと出すと、すやすやと寝息を立て始めた。

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