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 一歩前進したことは間違いない。一歩どころか二歩、三歩……いいや百歩だ。

 だがそこはリク王子。これまで散々大勢の人々を手こずらせた奇跡の真性問題児。一筋縄でいくはずもない。

 自室に戻って来た時にはすっかり日が暮れていた。

 いつもなら二時間足らずで終わるのだけれど、今日は多分ゆうに三時間を超えただろう。

 カーテンの空いた窓から差し込む、夜を迎える穏やかな西日が眠気を誘う。疲弊した身体にこの温もりは卑怯だ。気を抜いた途端、瞼が下がってきた。手に提げている鞄を床に落っことすと、ミナはぼふっとベッドに倒れた。

 ――つ、疲れた……!

 ミナの咄嗟の思いつきにより、リクは納得していないながらも、これまで一切放棄していた王族教育をまじめに受けると本人の口から言わせることに成功した。やっとのことでちゃんとした授業を行える、と舞い上がっていたのに散々な目に遭わされた。

 しかし静かに座って聞いてくれるようなお人ではない。最初に、ようやく教師らしく振舞えることに浮かれていたせいか、ミナが「じゃあ、まずは正しい言葉遣いから勉強しましょう。殿下は言葉遣いが悪いですからね」と、つい言わなくていい本音まで言ってしまったのがいけなかった。

 国語の本を取り出したときにはもうリクは席を立って、あろうことかフレデリカを連れて廊下に出て行った。

 授業受けるって言いましたよね、と責め立てれば「そうだけどまず競走な」と言い出した。

「どういうことですか?」

 それ自体は構わないが、遊ぶのは後にしてもらいたい。ミナが眉根を寄せているとリクはニッと笑ってミナとフレデリカを連れて廊下の端まで行った。

「ここから走って俺の部屋に一番最初に入った奴が勝ち。いいな?」

 リクが楽しそうに、そう遠くはないさっきまでいた自分の部屋を指さす。

「いや、どう考えても殿下圧勝しますよね? あと廊下は走るものでは――」

「もちろんハンデ有り。十秒待つ。先にお前ら走れ」

 その辺はちゃんと考えているのか、とミナは意外に思ってすんなり受け入れそうになってしまった。良からぬことを考えているかもしれない。相手のペースに巻き込まれてはダメだ。ミナはそもそもの疑問をぶつける。

「ていうかこれ、一体何のためにやるんです?」

 するとリクは待ってました、と言わんばかりに揚々と言った。

「最初にやる授業内容を決めるためだ。チビが勝ったら言葉遣い、俺が勝ったら古典。…………魔女が勝ったら薬学」

 最後の言葉にフレデリカが反応しないわけがなかった。

 薬学と聞いた彼女はピクッと身体を震わせると、あまり乗り気でないミナの肩を掴んで、「やりましょう、ミナ」とやる気満々になって説得してきた。その様子をどこか目論みのありそうな卑しい笑顔で眺めていたリクが、

「真剣にやれよ。少しでも手ぇ抜いたら失格だからな」と付け加えた。

 仕方ないからやることにした。

 別に古典からやってもいいし薬学からでもいいのだけど、フレデリカは手首と足首を回し始めてもう下がる気配がないし、今さら雰囲気を壊すまでもないだろう。これくらい付き合ってもいいと思ったのだ。

 しかし甘かった。ミナはリクを少し見くびっていたようだ。

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