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「ちょっ、ちょっと! フレデリカ! 何もないってば!」
「え? ああ、コイツ懲りずにまたついてきて……」
ミナに聞くよりリクに聞くほうが早いと思ったのか、待ちきれないフレデリカは溌剌とした瞳でリクに問う。
ミナは焦った。彼が何をどこまで言うのかわからないし、言い方によっては色々誤解されるに違いない。ミナは立ち上がってテーブル越しに対面するフレデリカの腕を引っ張って制止を求めるが効果なし。
「それで?」
ミナをてきとうにあしらい、フレデリカが隣の席のリクにグイッと身を乗り出した。それに合わせるようにリクも身体を離した。狂気のようなものを感じ取ったのか、鼻息の荒くなったフレデリカに若干引いているみたいだ。
「……あー、ちょっとな」
「といいますと?」
「そうだな……」
――あれ?
リクの煮え切らない返事にミナは首を傾げる。
彼にとっては何でもないことだろうし、てっきり馬鹿正直にすべてぶちまけてしまうものかと思っていたのだが、さっきから言いたくないのか言葉を濁している。
これはもしかしなくても……昨夜のことを明示するつもりはないというサインだとみた。
良かった、話す気はないみたい。ミナはほっと胸を撫で下ろし、フレデリカから手を離しきちんと椅子に座りなおした。
しかしフレデリカの尋問は続いていた。彼女は艶やかな微笑をたたえながら言う。
「ねえ、リク王子。誰にでもわかるように言ってくださらないと、たとえ授業が終わったとしても、この質問は永久に終わりませんわ」
「…………」
すこぶる優しい口調なのが恐怖を倍増させている。
リクはぎこちない動きで肘をつくのをやめ、小刻みに震えながら、初めて当惑した表情をその顔に浮かべている。そんな顔もするのか。平素は頭部か不機嫌な横顔しか見ることがないミナには新鮮で、せっかくだからこの機会に存分に眺めていたいと思ったのだが、
「……っ、フレデリカ、あのね」と口を挟んだ。
美しく珍しいものを見るのは目の保養になったのだが、大きな子供が怯えている姿がだんだん可哀相になってきたので、助け船を出した。
ミナの声にフレデリカは一応黙るも、邪魔されたことをあからさまに不快だという顔で睨みつけてくる。
「その、急に……喋るようになったから、びっくりしたかもしれないけど、それはそうじゃなくてね……」
――え~と……。
ミナは言葉に詰まった。実は何も考えずに発言していた。
高速で頭を回転させ、もうなんでもいいから何かこの場だけでも乗り切れそうな理由出てこい! と考えた。
「……!」
急にピン、とひらめいた。しかもとってもいい理由が。ミナは嬉々として言う。
「あのね、殿下が――これからは心を入れかえて勉強するって!」
「は――」
「だから、これからは私たちの言うこと、ちゃんと聞いてくれるって!」
「いや――」
「ね? 殿下!」
「……そうなんですか?」
フレデリカの興奮が収まったみたいだ。
期待していたこととは大きく異なっていたのでがっかりした様子でリクに確認する。ふざけるなよ言いたげに目を瞠るリクに、ミナはここで肯定しないとフレデリカから逃げられないぞという気持ちを込めて顎でフレデリカを示した。
「っ……ああ、そうだ」
不承不承、ミナに一本取られたリクは、苦虫を噛み潰したような顔で肯定した。
「そうですか……それは残念です」
「いや残念じゃないでしょ」
フレデリカのテンションが底辺まで落ちた。代わりにミナの気分は最高潮にまで達した。
我ながら素晴らしい機転だった。これで変な誤解を受けないで済むし、本来の仕事はハイスピードで前進する。
やっと念願だった仕事ができる。ここまでなんと長かったことか。嬉しくて涙が出そうだ。ミナはこれまで一度も使わなかった鞄の中の本たちを取り出し、意気揚々と言い放った。
「……それじゃあお喋りはこの辺にして、さっそく始めましょう!」




