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つい今しがたミナに手を掛けようとしていたエリックが何者かに頭を掴まれ、地面に叩きつけられていた。本来なら彼ではなくミナがされていたことを、なぜかエリックのほうがされている。
「ま……待って!」
ミナは何者かがエリックの髪を掴んでもう一度地面に叩きつけようとしたところを制止した。掴みあげられたエリックの顔は血にまみれ、鼻が変形している。呼吸が苦しそうで、これ以上の暴行は彼が死んでしまうと思ったからだ。せっかく助けてくれた恩人を、殺人鬼にしたくはない。こんな男、助けたくないけれど、どうやら未遂に終わったのだし、このへんにしておいたほうがいいと判断してのことだ。この判断が、正しいとは限らないけれど。
「……」
ミナを助けてくれた恩人がようやくエリックから手を離した。ゴミを捨てるように乱雑に地面に放り投げる。エリックは突っ伏したまま、意識を失っているのか、動かない。
いつの間にか他のとりまきの男たちはいなくなっている。助けを呼びに行ったのか、はたまた見捨てたのか。安全だとわかると、ミナは恩人の前に跪いた。
「あ! あのっ、ありがとうございます! 本当に、助かりました!」
まるで王様にひれ伏すように、地面に届くくらい頭を下げて礼を述べる。
どれだけ感謝してもしきれないほどの恩をこの人は与えてくれた。
ミナは繰り返し「ありがとうございました」と言った。自分には何も出来ないけれど、せめて感謝していることをわかってもらいたい。だが相手は何も言わない。黙ってしゃがみ込み、まるで自分を落ち着かせるように、ゆっくりと呼吸をしている。そういえば、ミナが止めなければこの人はエリックをまだまだいたぶろうとしていた。この場にいる誰よりも頭に血が上っていたように見えた。なぜだろう。正義を愛する故なのか。
「本当に……あなたが来てくれなかったら、わ、私――」
いずれにせよ、この人が来てくれなければどうなっていたことか。それを考えると、いかに恐ろしい出来事だったかを今さら実感し、ミナは思わず涙を流した。
「……お前なァ」
ようやく相手から応答があった。きちんと目を見てお礼を言うチャンスだ、とミナはボロボロ泣きながらも顔を上げた。
「こ、この度はっ、ぐすっ、心からっ……お――」
涙で視界が滲んでいる。滲んだ視界には柔らかな亜麻色が映った。どこかで見たことあるような……――?
「……やめろ、泣くな」
聞いたことのある声が、厳しくもあやすような優しさを持って言った。
言葉を詰まらせ泣き続けるミナの頬に、スッと手が伸びてきて優しく涙を拭った。そのまま身を寄せられ、抱きしめられればエリックなんかとは全く違う、人の温かみのある触れ合いに安堵しさらにわあっと泣きだした。
「だから、泣くなって言ってんだろ……!」
「え? ――んっ!」
苛立った物言いがある人に似ていたので一瞬泣きやむと、その隙を見計らったように唇に熱いものが押し付けられた。
――何、これ?
自分の唇に当てられている、この柔らかくて温かいものは何? ミナは初めてのことでわけがわからなかった。
妙な陶酔感があり、眠気を誘う。全然嫌な感じがしない。それどころか、心地よさにミナは相手が誰かも知らずに身を任せていた。しばらくしてからこれがキスだということにようやく気づき、命の恩人とはいえ初対面の女性になんてことをしてくれるの、と慌ててバッと顔を離した。
「――ッ、は、ぁ……え!?」
キスのせいだろうか、いつの間にか涙は止まっていた。おかげで視界良好。ミナのファーストキスを唐突に奪った相手がはっきりと見えた。
魚のように口をパクパクしだしたミナを、ぷっと軽く笑ってから、リク王子はもう一度ミナに口づけた。




