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途端、ミナはどん、と何かに激突した。固い。けど痛くはない。通行を遮る、圧迫感のある壁のような何かにぶつかってしまった。暗いのでよくわからない。というより、そのぶつかった何かのせいで陰に覆われて暗いらしい。
わけがわからず目を白黒させているといきなりグイッと力いっぱいに腕を掴まれた。
「――ああ? なんだぁ?」
「――ッ!」
ミナは声だけは出さず跳びあがった。その拍子にミナの頭二つ分は高い位置にある壁の正体と目が合い、全身からさあっと一気に血の気が引いた。いっそ腕の生えた奇妙な壁ならよかった。ぶつかったのは見知らぬ男だった。
ミナは腕を掴まれたまま呆けたように見上げていた。目が慣れてくると、その男は乱れた服装で、いかにもゴロツキといった風貌なのがうかがえた。おそらく一番出会ってはいけない種類の人間だ。少し視線をずらすと、最悪なことに同じような男がすぐそばに二人もいた。
「おい」
呼吸も忘れ硬直していると、男はミナの頭部をむんずと掴み、力任せに上に向かせた。
「……ぐっ」
頭が割れそうなほど思いきり引っつかまれ、痛さと恐怖に顔を歪めた。声だけは出さないようにと奥歯を噛みしめる。こんな乱暴な扱いを受けたのは初めてだ。この男は自分をまるで物のように扱う。
無慈悲で、別に潰れても構いやしないといった風に粗雑に頭を鷲掴みにしている。抵抗するだけの力が無いのが悔しかった。
だが、最悪の事態だけは避けなければならない。男性の下劣な面をよく知っているミナは、震えながらもいつでも蹴れるように、右足に意識を集中させた。男は仰向けにさせたミナの顔を不躾にじっくりと覗き込み、やがて「ああ……お前か」と呟いた。
――…………?
こんなやっかいそうな知り合いなんていないし、一度だって会ったことはない。それなのに、まるで知っているみたいな反応だ。嫌な予感に胸が早鐘を打つ。
「ほんとにコイツか?」他の男がさも訝しげに聞く。
男は「ケッ!」と馬鹿にするように笑ってから、
「間違いねーよ。昨日ちゃんと確認したからなァ……なァ、嬢ちゃん?」と嫌な笑みを口元に浮かべた。
「――!」
ねっとりと値踏みするような不快な視線。その視線にミナはハッとした。
煙とニオイに紛れていたって覚えている。
そうだ、この男は昨夜もそうやって自分を見てきた。今夜は葉巻を咥えていないが、間違いない。
昨夜クラブにいた、あの男だ。




