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「……ジャック、ジャック!」
ミナはコンコン、と戸を叩いてその向こうへ耳を澄ました。
さすがに二度目となるとさほど驚かないのか、ミナの呼びかけに「ちょっと待て~」と悠長な返事が返ってきた。
「おはよ。ああ~、良く寝たぜ」
「私も~」
扉が開き、すっかり屍から見違えるように生き返ったジャックとてきとうに挨拶を交わし、互いの無事を確認し合った。
あらかじめ言っておいたわけではないのに、察しの良いジャックはちゃんと騎士服を纏っていた。そこでミナはなんで騎士服なのだろうと疑問に思った。別に他の服でも構わないのに。しかし、他に服を持っていないのかもしれないし、ただ騎士服が気に入っているだけなのかもしれないから、聞くまでもないと思い触れないことにした。
二人は何も言わずにあらかじめ申し合わせたように昨夜と同じ道筋を辿って行く。
「ミナならまた行くだろうなって思ってさ」
道すがら、ジャックが燭台を持ち先頭を行きながら肩越しに言った。
「うん。だってあそこで諦めたら勿体ないし、私はどうせもうこれ以上ないくらいに殿下には嫌われているから」
冗談交じりに笑えばジャックも笑った。
たとえまたバレたとしてもジャックは王子に、ミナ以上に嫌われることはないだろう。そこは安心しているのだが、尾行のせいで機嫌を損ねた王子に、皆の業務が困難を極めるものになってしまうのは悪いなと思う。けれども中途半端に終わらせてしまう方が良くないとミナは判断し、こうしてクスリの正体を暴こうと動いているのだ。
「あはは。ついに開き直ったか。あー……。いや、どうかな」
「うん? 何が?」
話の方向が変わりそうな発言に、ミナは目を丸くして興味を抱いた。
「殿下はさ、意外とミナに興味あるかもしれないってオレは思う」
「は……えっ……?」
意外な台詞にミナは一瞬固まった。二の句が継げない。危うく立ち止まりそうになったところを、精神と肉体を分離させて、足を機械的に動かす。
――あの殿下が、私に……?
どういう意味での興味かは知らないが、それが本当だとしたら驚きだ。
仰天でミナの世界の秩序が土砂崩れを起こしそうになっている。しかし、それ以上に、そうだったらちょっと嬉しいと思ってしまった自分にもっとびっくりする。
まさか。いや、ただの他人の憶測だし、そうと決まったわけじゃない。落ち着いて。勘違いしてはいけない。冷静にならないと。深く息を吸い込む。
「……嫌い過ぎて逆に興味を持った、とか?」
ミナはやっと返事を返す。返すのが遅かったので変に思われたのではないかと心配になったが、見たところジャックに気にした様子はない。
「んー、いや違う。多分、逆だろうな。はあ……あの人、ちょっと危ねーな……」
「ごめん、今なんて?」
後半、独り言のようにごにょごにょと呟かれたので聞き取れなかった。聞き逃してはならない大事なことを言われた気がする。しかしジャックは誤魔化すように笑って、
「何でもないよ。あ、そういや魔女さんは来ないのな」と話を切り替えた。
「……フレデリカ? どうして?」
なんとなくすっきりしないが、追及したところで濁されるだろうと思ったのと本当に何でもないのかもしれないと思って流すことにした。
それにしてもここへ来てなぜフレデリカなのだろう。……好きなのかな? なんて余計な推測をしてみる。だが、残念なことにジャックからはあっさりとした答えが返ってきただけだった。
「あの人、薬オタクだろ? だから興味持ちそうだと思ってたんだけど」
「ああ。そうだね」
彼の言葉にミナは深く納得した。
もちろんフレデリカに尾行のことはすぐに話した。煙とニオイについても話して相当興味も持ったけれど、じゃあ次行くことになったら、一緒に行く? と聞いたら満面の笑みで「イヤ」と即答されてしまったのだ。
多分、昼間は実験に集中しているし体力が尽きているので、休みたいのだろう。日中使命のために起きていなければならない彼女にとって、夜中に動き回るのは睡眠時間が削られるし、大変なのだと思う。
「寝ていたいんだと思う。ほら、睡眠は大事だからね」
「そうだな……」
ミナの言葉にジャックは昼間の辛苦を思い出したらしい。屍になるのはもう二度とごめんだ、というふうに深く嘆息すると自嘲気味に笑った。
「それ、今日すげー実感したわ……」




