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 さて、王子は間違いなく以前にも増してミナを嫌いになったのだ。何か嫌なことを仕掛けてくるのではないだろうか。それに、こちらを見ないだろうけれど、一体どんな顔をして会えばいいのかわからない。

 どんな態度をとるべきなのだろう。

 顔を反らされた時、顔を合わせないことよりも傷ついたのはなぜだろう。

 そういったことなど、とにかくきちんと整理をしなければいけないことが山ほどあるのに、それを考える時間が一切与えられなかった。せめて一日空けてほしい。今日だけ休ませてくれないだろうか。昨晩の今朝(午後)で……は少し苦しい。

「仕事は仕事。私たちは己の使命を果たすのみ、よ」

「そうだけど~」

「異動になるまで頑張りなさい。それしかないのだから」

 十九歳にしてすでに人生を悟っている魔女・フレデリカの口から紡がれる言葉は重みがあった。

 マイペースな不思議ちゃんでありながら芯を持っている彼女の隣にいると、自分はいつもふらふらして足元が覚束ない人生を送っている気がしてくる。たった一歳しか違わないのに、出自が異なるだけでこうも差が出るものだろうか。外見も考え方も、彼女に比べるとミナはまだまだ幼稚だ。自覚はある。父を亡くし、新たな家族のもとで生きることになってから、これまで以上に強く生きようと決心したはずなのだが。

 ――私は、私のペースで進めばいいの。

 比較して成長できるわけでもない。フレデリカとは違う人間なのだから、急いで彼女のように悟る必要もない。自分のペースで物事を進めていけばいい。しかし、仕事は自分のペースで進んでくれない。

 仕方ない。

 せめて戦に備え、立ったままでもいいから仮眠を取ろう、と目を閉じたところで王子の部屋での人声と物音が収まって、フレデリカに肩を揺すられ起こされた。

 重々しく扉が開き、説教をしたせいで寝不足の女官と、説教をされたせいで寝不足のジャックが血と肉を失くした屍体のようにげっそりとした様子で出てきた。

「はぁ、はぁ……、やっと起きてくださった……。二人とも、あとは頼みますよ……特にミナさん、くれぐれも殿下の機嫌を損ねないようにしなさい」

 息も絶え絶えの女官が猫背で歩きながら、ミナを見てぎろりと睨みをきかせる。ミナは一応頷いて見せるが、どんな返事をされてももう彼女はミナを信用できないらしく、余計に苛立たせただけだった。

 ミナを鬼の形相で一睨みし、三十歳は老けて見える、丸まった背中で壁に手をつきながら彼女は去っていった。フレデリカが、「杖が必要みたいね」とミナに耳打ちする。まだ整わない呼吸に喘ぐ、死にかけの老婆のような女官をミナたちはそのまま静かに見送る。

 続いて後ろにいたジャックが、寝不足のピークなのか、半目というか九割瞼の落ちた目で「寝る……おやすみ」とミナたちに呟くと、よろめきながら廊下を歩いて行った。

 その覚束ない足元に、危ない、と思って見ていると案の定ジャックは頭から壁に激突した。バタリと倒れ床に伸び、立つ気力がないのかそのまま腹這いで階段のほうへ進んで行った。床に這いつくばり何かを求めるように腕を伸ばす姿はとても奇妙で、夜中に出会えば悲鳴を上げる自信がある。

 完全に幽霊だよね、あれ。と、フレデリカと二人で指をさしながらひそひそと言い合いながら、ミナは思った。

 ――もしかして、私のせいかな……。

 ジャックよりも、女官よりも、王子はミナのことが一番嫌い。

 そして、尾行を提案したのはミナだ。それを知っているかどうかはわからないが、一番嫌いな奴に、嫌なことをされて、彼の、『周囲を疲弊させる特殊能力』が現在最大出力で発揮されているのではないかと思った。そうだとしたら、二人にはとても申し訳ないことをしてしまった。王子はただでさえ面倒くさい人なのに。

 あれこれ考えているうちに、とっくに仕事モードに切り替えたらしいフレデリカが、「失礼します。おはようございます、リク王子」と優雅に挨拶をし部屋に入っていった。ここまできたら行くしかないのでミナも腹をくくり慌てて続く。

「……失礼します」

 ――あー……これは……。

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