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 ミナは思わずうわずった悲鳴を上げた。

 そこにいたのはジャックではなかった。慣れ親しんだ少年ではなく、暗がりでも先ほどの門番よりは小さいが、それでもミナよりはずっと身体の大きな成人男性だとわかる。ジャックのように、自分とあまり背格好の変わらない男性以外と接することのないミナにとって、その存在感だけで十分に恐怖を与えた。

 その男は口元に葉巻をくわえ、そこからモクモクと煙を浮かばせながらミナのほうを見ているのが気配でわかった。

 ミナの足が震え始めた。

 こんなところでこんな人に目を付けられるのがいかに危険なことかよく理解していた。

 多少の護身術は身につけている。だが、この場合ここにいる全員が男の仲間だと思ったほうがいい。ならばどうやって身を守ればいい? ミナはようやく自分が危険な橋を渡っていたことに気がついた。後悔したって遅い。男が屈んでミナの顔を覗き込んできた。顔に煙がかかる。目に入って涙が流れる。恐ろしさにもう声も出なかった。身体が強張り、逃げたくても足が床にくっ付いてしまったように動かない。男の視線にただ耐えるのみ。額に嫌な汗をかきながら、ミナはジャックが今すぐにでも戻って来てくれることを祈るばかりだった。

 何も出来ず耐え忍んでいると、出し抜けに男の顔が離れた。「ふーん?」と漏らすと彼は階段のほうへ向かった。

 ――助……かったの?

「はっ……」

 腰が抜けくずおれそうになるところを、はあはあと息を吐きながら壁に手と背を押しつけてなんとか耐える。

 床に座り込んでしまいたかったが、こういう場で目立つ行いは良くない。弱いところを見せ、また今みたいにこうして誰かに目を付けられたらたまったものではない。

 多少平静さを取り戻し涙を拭うと、ミナは考えた。男が自分を見ていたのはなんだったのだろう。

 あれだけ至近距離に顔を近づけてくるなんて。知り合いだとでも思ったのだろうか。どちらかというと、じっくりと観察して、値踏みでもされたような感じだったけれど。

 それにしてもジャックには早く戻ってきてもらいたい。また見知らぬ人に絡まれたらと思うと怖いし落ち着かない。眩暈も強くなってきた。煙も目に入って痛いし、視界がぼやけてきた。

「――ミナ!」

 限界かな、と思ったところでジャックの声が耳に入り、ミナは弾かれた様に顔を上げた。小走りで寄ってきたジャックは顔の前で両手を合わせた。

「悪い、殿下じゃなかった。それより、今日は一旦帰ったほうが良くないか? なんか俺も気分が悪くなってきてさ。多分煙のせいだと思うんだけど」

「そう……だね。また今度にしたほうがいいみたい」

 ジャックの意見に大いに賛同した。この様子じゃ二人とも王子を探しにいけそうもないし、それならさっさと帰って次回に向けて対策を話し合ったほうがよっぽど有意義だ。

 ジャックに手を引かれ、ミナたちは再び人の渦の中に飛び込んだ。ミナはただもう目を回して踊るように渦の中を泳いだ。人混みのニオイが気持ち悪くて、一層具合が悪くなる。

「ジャ、ジャックぅ」

「もう少しだ、頑張れ!」

 急にグイッと強く腕を引っ張られミナは「ひいっ!」と情けない声を上げた。だが、すぐに今までと違う何かを感じた。煙たさが無く、通気の良い空気。外の匂い。そこは出口だった。こもっていない新鮮な空気が満ちている。

 ミナは嬉しくなって、はあっと深呼吸をした。まるで天国に来たような気分だった。

「やった! 出られた! ああもう死ぬかと思った!」

 ミナが歓声を上げるとジャックは仕方ないなあというようにはにかんで見せた。と、ここは来た時のあの玄関であることに気づく。

「あれ? あの人、どこ行ったんだろう」

 門番の大男がいない。キョロキョロとあたりを見るが、近くにはいない。わきの樽に腰かけている様子もない。

「帰ったのかな。まあ別にどうでもいいんだけど……」

「ミ、ミナ……」

 いないほうが余計なことを聞かれないで済むしありがたい。空気もいいし、少し気分が晴れてきたミナとは反対に、ジャックはなぜが恐ろしいものにでも出会ったように顔を真っ青にしている。

「ジャック?」

「……後ろ」

 ジャックがその後ろにあるものを見ながら、蚊の鳴くような声で言った。

 何だろうとミナは特に何も考えずに振り返った。

「あ…………」

 そう一言だけ発して、固まった。

 夜の闇にギラリと光る碧い瞳。

 これまでで一番不機嫌そうな顔のリク王子が、仁王立ちで二人を睨んでいた。

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