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 まさか脅しにかかるとは。

 しかも、よりによって騎士見習いが、である。高潔な騎士の鑑のような父を持つミナとしては、未来の騎士たるもの卑怯なマネはやめてほしいといくらか引き気味になる。

 しかし他に侵入できそうな方法も思いつかないので止めることができない。

 正々堂々脅迫してくる小柄な少年ジャックに、大男は眉間に皺を寄せどうしたものかと考えあぐねた末、王家に逆らわないほうがいいと判断したのか、扉を開けてくれた。

 これはジャックに感謝すべきなのだろうかと非常に複雑な心境になりながらも、恐る恐る足を踏み入れた。建物内は外よりも暗く、空気は煙のようなもので充満していて軽くむせた。

 しかしそれよりもミナが気になったのは扉を開けた瞬間に感じた、嗅いだことのない奇妙なニオイだった。

「うぇっ、なにこのニオイ……」

 本能的に危険なものを察知し、ミナはすぐに袖で鼻を押さえた。

 よく毒花にある、あの胸焼けしそうな甘ったるさと、薬品のようなツンとくる強い刺激臭が混ざった不快な臭い。

覆っても鼻腔を通り抜け体内に侵入してくるこの悪臭に顔を歪めながらも、目的の為にそこはぐっと我慢して、ミナは辺りを見まわした。

 といっても見えるのはせいぜい人の頭や肩だった。

 建物内にはもう隙間が無いほどにたくさんの人たちがぎゅうぎゅうに押し込められている。

 暗いのでよくわからないが、ゆったりと人の動く気配や小さな笑い声、囁き声がそこかしこから聞こえてくる。

 時にこんな所は不似合いな、少女と呼ばれる年齢くらいの若く可愛らしい声が聞こえてきてミナは疑問を感じた。そして、どの声もミナのように臭気に耐えている感じではなく、とても楽しそうなのも変だと思った。この人たちはこのニオイが平気なのだろうか。慣れているのだろうか。あるいはこれが好きなのか。

「……ミナ、こっちだ」

 人に押しつぶされニオイと煙で呼吸も苦しくなってきたところで急にジャックに腕を引かれ、人波をかき分けいくらかゆとりのある階段の踊り場に出た。

「ありがとう、助かった」

 ミナはふう、と息を吐いてほっと胸を撫で下ろした。あのまま悪臭と煙の中、人々に押しつぶされていたら冗談じゃなく本気で気を失っていた気がする。まだ少し眩暈がする。

 ミナは壁に背を預けた。だいぶ暗闇に目が慣れてきて、ジャックの顔がうっすらと見える。彼はぶんぶんと頭を振って周囲を窺っている。

「殿下、どこだろうな? ……あ!」

「いた?」

「……かもしれない。でも、ミナ……歩けるか?」

 ミナは黙った。歩けるけれども、さっきのジャックのようにすらすらと歩ける自信がない。気分も悪くなってきているし、これでは彼の足を引っ張るだけだと思った。

 自分から誘っておいて、足手まといになるなんて、情けない。

 迷っているとジャックが、

「じゃあ……少しここで一人で待てるか?」と気遣うように尋ねた。

「うん。あの、ごめんね」

「はは。気にすんな」

 ジャックはまた人波をかき分けてどこかへ行ってしまった。彼にはつくづく世話をかけてばかりだ。今度何かお礼をしなくては。

 このいかにも艶やかな大人の世界、みたいなクラブ独特の雰囲気が苦手なミナは無意識に自分の足元を見つめていた。さっさと殿下を見つけてクスリの証拠を掴んで、帰って寝たい。異様な雰囲気の漂うここはとても居心地が悪い。と、人の気配を感じ、ジャックがもう戻って来てくれたのかと思い期待して顔を上げた。

「ジャ、……! ひっ」

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