プロローグ
「どんな状況にあろうと、己が正しいと信ずる道を選べ」
それは王宮騎士だった父が、口癖のように幾度となく口にした言葉だ。
ミナは端が傷だらけでところどころ色の落ちた、煤けた茶色の写真をそっと手に取った。
騎士服を纏い、勲章である花形のブローチを誇らしげに左胸に付けている。精悍で厳めしい顔つきの父がぎこちなく口角を上げているその姿はいつ見てもちょっとおかしくって、笑ってしまう。ミナは慈しむように写真を指で撫で、写真の中の瞳と視線を合わせた。
「お父様、私はいつもお父様の言葉を信じてまいりました」
病弱だった母はミナを産んですぐ他界した。父はこれから幼いミナを待ち受けている困難を憂い、騎士のように生きることを教えた。正義を愛し、弱きを守り、信じる心を持つこと。
決して多くを語らなかったはずなのに、様々なことを教わった気がする。
彼の言葉は今もミナを支え、心の奥深いところで鮮やかに生きている。
「私はお父様の子であることを、何より誇りに思います」
心からの敬意を告げると、ミナは写真を大事に折りたたみ、スカートのポケットに忍ばせた。
――行かなくちゃ。
いつの間にか窓から漏れる西日がミナを急かすようにその輝きを増していた。
もう時間だぞ、とでも言うように。
――そうだね。ちょっと怖いけど、でもすごく楽しみ。
ミナは期待と不安を胸に、陽光を撥ね返す眩しいハニーブロンドのおさげを揺らしながら部屋を出た。