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モスタクバル  作者: 朝日
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第一話

 

  けたたましく時計の音が鳴り響く。ユウトはハンモックから手を伸ばし時計を止めようとした。

だがいつもなら手に当たる筈の物がない。棚の上に置いていたはずなのだが。

 それでも尚睡眠の邪魔をする音を止めるべく腕を動かす。動かすたびにハンモックが揺れた。


「うわっ!?」


  端の方に体を寄せ体制を崩し落下した。

 背中を思い切り打ち身悶える。


「大丈夫か、ユウト」

 

  呆れたような声が上から投げられ、涙目で見上げる。親友である青年が苦笑してユウトを見下ろしていた。

  手を貸してもらいよろめきながら立ち上がる。そして未だ鳴り響く時計を探した。いつもなら寝たまま届く位置に時計はなかった。棚上の奥で鳴り響いているのである。

  どういうわけかと友を見れば、してやったりとばかりに笑っていた。


「マリク……お前のせいか」

「お前、いつも無意識に止めてそのまま寝るだろ。目覚まし時計は横になったまま届かない場所に置けばいいんだ。そしたら二度寝する心配はない」

「そのおかげでハンモックから落ちてしまった……」


  確かに目が覚めたものの、背中はじんじんして痛い。

  勝手に時計の配置場所を変えるなとぶつぶつ言いつつ時計を止める。


「早く支度しろよ。朝一から会議があるんだろ」


  着替えの服を投げ渡され、あれやこれやと世話される。やれ顔を洗えだの、忘れ物はないだの、脱ぎ散らかした物を畳めだの。

 お前はおれの母ちゃんか。と心中思うがそれを言えば「せめて父ちゃんと言え」と怒られるだろう。五つ年上で21歳のマリクにとってユウトは子供に見えるのだろう。無理もない。16歳にしては小柄で童顔なユウトは良くて13、14歳に見られるのだ。

 もっとも拗ねて頬を膨らませる動作が子供っぽいんだとユウトは気づいてはいない。

 

  マリクの手伝いもあり支度を終えると二人して部屋を出た。狭い廊下には慌ただしく人が行き来する。ぶつからないように避けながら二人は踊り場に向かった。人が歩くたびに鉄板の床がうるさく軋む。この宿舎は狭すぎると誰もが思うがどうにもならない事は知っている。常にジリ貧故に宿舎如きに上も金をかけられないのだ。

  廊下を突き進んだ踊り場に三人の少年と少女が二人を待っていた。

 三人は二人に向かい敬礼をする。ユウトとマリクも敬礼を返した。


「おはよう、隊長」


  燻んだ金髪とメガネがトレードマークである彼はトマスという。物を作る天才であり宿舎や家々の修理に良く駆り出されている。物だけではなく薬も作り出す天才だ。だが天才である事を鼻にかけるでもなく穏やかに微笑む彼は男女問わず好かれている。


「あんた、その服裏表逆だよ。しっかりしなよ隊長さん」


  トマスの隣で呆れたように少女はユウトを見る。黒髪のショートヘアと日に焼けた肌は快活さにあふれていた。ユウトより一つ年下の彼女はリンという。

  リンもマリクの次にユウトに構うお節介者だ。以前誰かがユウトの父親がマリクなら母親はリンだと言っていた。その時「え、リンの奥さんか……。考えとくよ」と何故か真顔で答えたマリクはリンに殴られていた。

  視線を感じリンの横を見ればサラがこちらをじっと見つめていた。ユウトと目が合い彼女は口パクで「おはよう」と伝えてきた。サラは口がきけない。表情もあまり変わらない。茶髪の長髪に整った綺麗な顔立ちも相まってお人形のようだ。けれど親しい者には分かる彼女の微妙な表情の変化があった。

 今のサラの様子だとユウトの裏表逆の服が気になって仕方ないといったところだろう。

  ユウトが慌てて着直したところで五人は共に宿舎を出た。目の前にある巨大な壁から昇り立ての太陽が顔を出している。朝早くだというのに熱い。昼になればもっと気温が上がるだろう。今に始まった事ではないが、どうにかならないのか。

  ふと上を見上げるとバオバブの枝が今日も元気に四方に広がっていた。よくよく見ると枝の一つにいつできたのか鳥の巣がつくっていた。それに気づいた人々はみんな笑顔を見せる。どうかこのままここを宿り木にして卵を産んでほしい。ユウトも笑みを浮かべる。

 鳥が巣くるという些細な出来事でも、この過酷な世界を生きる者達にとっては極小の幸運だった。

 

  この世界は辺り一面が砂漠だ。そして凶暴な動物が彷徨いている。

 歴史によると大昔はそうでもなかった。想像ができないが緑が溢れて気温は涼しかったという。そして今は帝国の一国だけだが、昔は多くの国があった。

  相次ぐ災害で人口は減少した。南極の氷が溶けて各国の都市は沈み領土問題が起きたという。物不足や食料不足で人々の心は荒れていく。その中で領土をめぐる世界戦争が勃発した。その戦争が留めの一撃になった。

  大きな爆発があったらしい。この世界を覆うほどの。そして全てを焼き尽くすほどの。

 人々が気づいた時には、全てが無に帰していた。人が激少して国として成り立たなくなった。

  そこに現れた英雄イリヤーが国々を纏め上げ一つの帝国に作り上げたらしい。

  それに異を唱えたのはシーヤ人と呼ばれる人種である。彼らは黒い髪に黒い目を持つ者等で帝国建設に否定的だった。何故否定的だったのかは歴史書に記されていない。愚かにもイリヤーの命を奪ったとだけ書かれている。イリヤー暗殺後は彼の子孫が代々帝王として降臨している。そう今日まで。

 

  イリヤーは英雄だ。そしてシーヤ人は英雄を奪った悪魔だ。そう言い伝えられシーヤ人は迫害の対象となった。かくいうユウトやリンもシーヤ人である。

  昔は昔だろ。そう言いたいが世界は認めない。人はいつだって自分より下の者を作り排除する事で過酷な環境を生きようとする。厳しすぎる年貢の取り立て。激しすぎる貧富の差。10年に渡り繰り広げられた内戦の影響。そういった世で自分より更に惨めな者がいる事に安心するのだ。

 

  ユウト達がいるこの要塞都市“モスタクバル”は差別や迫害を受けた者や難民を受け入れる避難所だ。外敵から守る為の巨大な壁に囲まれた街で、帝国の支配を一切受けない姿勢をとっている。それを理由に帝国から目をつけられたこの街は、帝都から遠く離れた小さなパンジャ大陸のど真ん中にあった。遠い故に帝国が目を瞑っている。

  住人達は武器を持つ事を禁じられている。その為、武器を持つ事が許された警備官が何かあれば対応することになっていた。隊員は五人ずつの小隊に入り行動している。ユウトは小隊の一つカミカゼ隊の隊長だ。

 

  バオバブの木を中心に石やレンガで出来た家々が並ぶ住宅街がある。その向こうにレンガを積み上げて作った大きな建物がそびえ立っている。パッと見て石の宮殿に見えるこの立派な建物は警備隊本部である。

  入り口に立つ見張りの二人に敬礼をして五人は中に入った。


「じゃあ後でな」


  マリクはユウトの背中をバシッと叩く。


「絶対寝るんじゃねぇぞ?」

「寝ないって!」


  眠くなれど寝たことはない。彼は自分をなんだと思っているのか。他の三人も心配そうな顔をしている。 その表情を見て少し隊長としての尊厳を心配した。

 

  四人と別れて会議室へ向かう。会議室には既にユウト以外の隊長が揃っていた。指定された椅子に座り暫し待つ。五分もしないうちに新たに四人の人物が入ってきた。最高司令官、副司令官、偵察部長、看護長が顔を揃える。起立し敬礼する隊員に最高司令官は頷き着席を促す。


「じゃあ、近況報告会議を始めよう」

 

  最高司令官であるカリムの一言で会議は始まる。隊員達は生活の様子や些細なトラブル、喜ばしい出来事を報告する。近所の一家に子が生まれたというフンケ隊長の報告に「それはめでたい」「良かった」などと面々は笑みを浮かべる。この街には凶悪な事件というものがほとんどない。故に月に一度開かれる報告会議はこういった良い方向の報告が多いのだ。

  最高司令官であるカリムは誰よりも喜ぶ仕草を見せた。カリムはこのモスタクバルの住人を家族としていた。幼い時、ユウトは彼に恋人はいないのか聞いた事がある。

「おれの恋人は家族でもあるこの街だ」と笑いユウトの髪の毛をくしゃくしゃにした。この街はカリムの全てだった。32歳と未だ若いが目元に皺をつけ、一つに括った黒い髪の毛には白い毛が混じっている。実年齢より10つ上に見えるその容姿に過酷な半生を過ごしたに違いないと噂されている。

  カリムは50代半ばの男に視線を向けた。彼は各地方に偵察の根を張る偵察隊を従えるエクレルールだ。


「偵察部長、何か報告はありますか?」

「はい、オーカーズが最近活発化してきているようです」

「オーカーズか……」


  カリムは苦い顔をした。オーカーズとは金品を強奪しテロ活動を行う集団である。彼ら曰く自由と平等を叫ぶ革命団体らしい。ユウトにしてみれば大層なことを抜かすチンピラ集団である。このモスタクバルの住人にも彼らに襲われ全てを奪われた人も少なからずいる。

  エクレルールは眉を寄せて面々を見渡して更に、と続ける。


「彼らはパンジャ大陸のどこかに拠点を移したようです」


  一同が騒ついた。今まで奴らは帝都がある大きなアジューラ大陸にて活動していた。だからどこかで対岸の火事だと思ってたのだ。しかしこの小さな大陸に来てしまった。奴らは武器を多く所有している。万が一襲撃されたらひとたまりもないだろう。


「危険だが都市周辺のパトロールを増やそう。各隊は今から言う日に行ってきてくれ」


  各隊の都市外パトロールの日付が割り当てられる。ユウトらカミカゼ隊は二日後の昼からだった。あまり外に出る機会がないので少しだけ楽しみに思う。そんなユウトを見て副司令官は意義を唱えた。


「司令官。カミカゼ隊は年齢層があまりにも若くて危なすぎではないでしょうか」


  いきなり何を言うんだ。ユウトは思わす彼女を凝視する。

  齢20歳の副司令官アンジェ。金髪のポニーテールと青い瞳が特徴の女性だ。冷静な判断力と適切な指導力は群を抜いていおり、住人から副司令官に推薦された。


「副司令官。何を今更……お言葉ですが、貴女も充分お若いじゃないですか」

「私の事はどうでもいいんです。今までは安全な街の中でしたけど、外の世界に行くんですよ。あなたのようなお子様隊長では危険すぎます」

「なんだって!?」

「だからお子様だって言ったの。どうせ外の世界に行ける楽しみ〜って思ってたんでしょ」

「そ、それは……」

「はいストーップ」


  喧嘩越しになる二人の間にカリムは割入った。


「アンジェの心配も分かる。ユウトはどこか気が抜けてるからな。でもこいつらカミカゼ隊はトップの成績でテストを合格したんだ。大丈夫だ」

「そう、ですが……」


  アンジェは尚も言いたげだったがそれ以上何も言う事はなかった。

  数ある隊の中でカミカゼ隊は異色だった。どこの隊も20代30代が平均だが、ユウト達だけは10代後半が平均だ。唯一成人であるマルクが隊長ならまだしも、16歳のユウトが隊長である。一部の者からお子様隊と揶揄されるのは仕方がないとはいえ感に触る。

  警備官になるには訓練を積んでテストを受けなくてはならない。ユウト達五人は全員トップの成績を収めた。アンジェもそれを知っている筈だ。なのになぜ今更そんな事を言うのか。大体、アンジェと四つしか歳変わらない。

  ユウト一人が不服に思いながらも会議は終了したのだった。

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