本と猫
この作品は牧田紗矢乃さん主催、第四回・文章×絵企画の投稿作品です。
この作品は、halさんのイラストを元に執筆しました。この場を借りて、御礼申し上げます。
halさん:https://5892.mitemin.net/
某は、武士として生を受けた。剣の鍛錬を励み、そして仕官することを夢見ていた。が、世はそうはうまくいかぬ。ただ、長屋にて眠り、内職を行い、売り、そしてまた眠る。三男として生まれたからには恨みはない。しかしそれでもこの生活は苦しくある。
長屋は城下町の一画にある。古本を買うことが唯一の趣味といってもいいだろう。今や家の部屋の隅には常時数冊の本が積み置かれている。全部を読みたいところではあるが、生活費を稼がなければらなず、読む時間はさほどない。それでも読む時間をできるだけ作り、少しずつではあるが読み進めている。
部屋は6畳ほど、それに土間があるぐらいだ。光がとられるのが玄関からだけということで、部屋の隅は暗い。ほこりがたまらないよう定期に掃除はしているが、それでも手が回らないことはある。
内職である傘の修繕も一段落ついたころ、ようやく一息つけると思い、積み本へと手を伸ばす。そして一番上にある本を読み始めると、カタカタと扉として使っている玄関障子が引かれて、大家さんが入ってくる。
「どうですかな」
「大家さん」
本を置き、私はそのまま大家さんを見る。袋を持ち、どうやら家賃の回収に来たようだ。すでに来ることは知っていたから、家賃分は貯めておいた。
「家賃の徴収に来たよってね、ありますかな」
「ええ、ここに」
私は紐で結えておいた200文をそのまま大家さんへと渡す。2本1組にしているのは、計算しやすいようにだ。
「はい、確かに」
信用してくれているのか、私が差し出した200文をそのまま回収した。そして、大家さんとさらに2、3話を交わして、次の部屋へと出ていった。入れ違いに猫がくる。白と黒の猫だ。
「おや猫だ」
名前は知らないが、この長屋のあたりに住み着いた野良猫で、みんなで世話をしている。当然、なついていて、こうやって適当に上がってくることがある。
「おいで」
胡坐に足を組み替え、本を手に取りポンポンと近くの畳を叩く。猫も分かるようで、上がってくるとそのあたりに居を構えた。そのうえで本を読み始めると、猫も丸くなり、どうやら安心しているかのようで眠りへと入った。
しばらく本を読んでいたが、ふうと思い視線をずらすと猫が誰か来たのかと思ったのか起きた。周りを見回し、そして某の腕へと前足を乗せ、何をしているのかという顔で見てくる。
「本を読んでおるのだよ」
猫が字が読めるという話は、ずいぶんと聞いたものではあるが、とんとそのことの証はみたことがない。この時もそうで、食べ物ではないと分かると、すぐにまた眠りについた。そんな猫の背を、片手で撫でつつ、そのまま本を、ゆっくりと読み進めた。