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秋葉の空  作者: 毒舌メイド
第一話 ポーカーフェイス“七変化”
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時々、可愛い野々山秋葉



アパートの脇にある階段を上り(学園の新しい怪談が階段を上っているとかつまらないことを考えながら)、二階に三つあるうちの真ん中の部屋の前で野々山は立ち止まった。



表札には『野々山可憐』の下に『秋葉』の名前が印字されている。



ここが野々山の住んでいる部屋か。



扉を前にして野々山はピタリと動かなくなる。緊張しているのだろう。先程よりもずっと強い力で僕の袖を掴んでいるのだから。



「押さないのか? じゃあ僕が押してやる」



「……え、ちょっと待っ――」

 


ピンポーン。躊躇なく押した。



野々山は右往左往しながら露骨に狼狽えている。こら、袖を掴んだまま動き回るな。



「……あぅう」



『はい、どちらさまでしょうか?』

 


扉越しに透き通るような声がした途端「きをつけ」の号令を受けたように野々山が直立不動になる。



こいつ、普段が無表情で無感情でいることが多いから、動揺したときの行動がめちゃくちゃ可愛く見えるな。



「夜分遅くにすみません。お届けものです」

 


生ものですが。いや「生き物」か。



扉が開いて、いよいよ逃げ場を失った野々山は僕の背後に隠れた。死んでいるなら隠れる必要なんてないだろうに。



中から出てきたのは予想通りの超美人だった。艶やかなボブカットの黒髪に、桔梗の柄の浴衣を着ている。



恐らく、いや間違いなく彼女が野々山のお姉さんだろう。姉妹というだけあってどことなく野々山と顔や雰囲気が似ている。彼女もいつかお姉さんみたいにもっと美人になるのだろうか?



野々山可憐さん。名は体を表すと言うけれど、まさにその通りだという印象を受けた。



「あら、その制服は……秋葉の学園の生徒さん?」



「はい、それと」



僕は背後に隠れる野々山(この場合、どちらも野々山だから妹の方)の襟首を猫のように掴んで野々山姉に差し出す。



「秋葉?! 帰りが遅いから心配したのよ!」



「……え、あぅ、ごめんなさい、私、わた、あぅ」

 


今にも泣きだしてしまいそうな嗚咽を漏らしながら野々山妹は俯いた。



ごめん。不謹慎だけどさ、もう限界!



「……ぷっ!」

 


ついに堪えきれなくなった僕は野々山姉妹の前で大笑いしてしまった。状況が飲み込めない二人はきょとんとした顔で首を傾げている。



「くくく……ああ、ごめん。野々山、お前は生きてるんだよ。当然、僕もね」

 


さて、既にお気付きの方が多いだろうけどここで種明かしをしよう。



僕らが屋上から飛んだあと、彼女の華奢な体を庇うように僕はクッションになって花壇に落下した。



過去に一度経験していたからだろうか、去年は足を骨折したのに今回は打撲程度の怪我で済み、全身の痛みと眩暈にふらふらと立ち上がった僕は意識を失っている野々山の体に怪我がないかを確認して(決してやましい気持ちで触ったわけじゃないぞ!)、彼女を寝かせたままその場を離れた。



その足で保健室へ向かい、階段で足を滑らせて転がりながら花壇に突っ込みましたと奇想天外な嘘を吐いて治療を受けてから、学園の近くにあるホームセンターへ向かった。そこでKEEPOUTのテープを購入し、再び学園の中庭にある花壇へ戻り、大掛かりな作業に取り組んだわけだ。



花壇の白いチョーク跡は近くの教室から拝借したもので描いた。リアリティに長けたと自画自賛したくなる芸術作品はこうして出来上がったのだ。そして、野々山が風邪をひかないように自分の上着を被せてやり、完全下校時刻を過ぎてから彼女を起こした。



つまり、すべて自作自演。



学園を出るときにした賭けも確実な勝算があってのことなので、いわゆる不正が発生している(そもそも勝算のない賭けを僕はしない)わけだが、今の野々山にそれを言ったらマジギレされそうなので黙っておこう。



普段、大人しい奴ほどキレたら怖いから。



「――というわけなんだ」

 


実の姉の前で屋上から飛び降りたことや、本気で死んだと思っていたのに実はからかわれていたことを暴露されて、さらに落ち込む野々山妹だったが、お姉さんは叱りながら目尻に涙を溜めて「本当にバカ……」と彼女を強く抱きしめた。



本当に愛されているんだな、こいつは。



「これに懲りたらもうあんなことをするんじゃないぞ」

 


上手くまとめたつもりで僕は踵を返す。姉妹水入らずの場をこれ以上荒らすわけにはいかないからな。後は若い者同士でというやつだよ。



「ちょっとお待ちなさい。失礼ですが、あなたは秋葉とどういったご関係で?」

 


……まずい。



「えーっと、僕は通りすがりのただの男子高校生なので、彼女とは本日初めて知り合ったばかりでして、一緒に命綱なしのバンジージャンプを嗜む程度の浅はかな関係です」



「そうなの。それでは通りすがりの男子高校生さん、妹の命を救ってくれたお礼に夕飯でもご一緒にいかがかしら?」

 


よくも可愛い妹の命を危険に晒してくれたなという本音が貼りついた笑顔に垣間見えた気がする。野々山姉は妹と対照的で常に笑顔が崩れない。



笑顔も突き詰めれば立派な無表情なのだと僕はこのとき、初めて悟った気がする。

 


どちらの表情も何を考えているのか分からないのだから。



「秋葉、彼はあなたとどういう関係なのかしら?」

 


どうして妹に同じ質問をする? これでもし意見が違ったら詰問のために拘束されるじゃねぇか。野々山、頼むから口裏を合わせてくれ!



「……ともだち」

 


はい、ダウトおおおおおおおおおおぉッ!



いつから僕らは友達になったんだよ。



っていうか、お前友達いねぇだろ! 僕も他人のこと言えないけど。



「あら、お友達なの? なら尚更帰すわけにはいかないわね」



「……ん」

 


ん、じゃねぇよ! 僕を解き放て、僕は他人だぞ!(ア○タカ風)



「……夕飯、食べてく」

 


袖を掴まれて催促された。



「さあ、狭い部屋ですがどうぞ上がってください。あ、自己紹介が遅れましたが、私は秋葉の姉の可憐と申します」

 


丁寧にお辞儀をする可憐さん。浴衣という見た目もあってまさに大和撫子って感じだ。



「……同じクラスの姫島政宗」

 


どうしてお前が僕の紹介をするんだよ。自己紹介くらい自分でさせろや!



「あら、立派で可愛らしいお名前ですね」

 


立派と可愛いは矛盾していないだろうか?



そういえば釘宮に『ママ』というあだ名を付けられたとき、僕の名前には女性に関するワードが多いことを指摘されたな。



ひめじままさむね。



『姫』『ママ』『胸』と極端な分け方をされてあだ名を選ばされた記憶がある。



どれがいい? じゃねぇよとすべて却下したはずなんだけど、結局は一番無難なママに落ち着いた。他人の名前を揶揄するなんて無神経な奴だと思ったと同時に、僕は自分の名前が嫌いになった。



野々山妹に引っ張られて渋々部屋に上げてもらう。



綺麗な部屋だった。それにどこか全体的に女の子の甘い匂いがする。



居間に案内されて卓袱台の前に腰を下ろすと、可憐さん(どちらも野々山なので姉は以降、可憐さんと呼称させてもらう。あ、でも野々山姉でも文字数は変わらなかった!)はエプロンをつけて台所へ。野々山も部屋着に着替えるために隣の襖の奥へ入って行く。



そこが野々山の部屋なんだな。



まぁ、目の前でいきなり堂々と脱衣されても反応に困るから嬉しい配慮ではあるけど。



というわけで、僕は一人居間に取り残された。美人姉妹が生活する空間に男一人で。



……なんつーか、目のやり場に困る。



何となく前髪を弄ってみたりしたけれど間がもたない。時刻は二十一時になろうとしていた。

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