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秋葉の空  作者: 毒舌メイド
第三話 プリティフェイス“天使”
33/34

嘘の対象



あれ、まだ終わっちゃいけないッスか?



この後のことも言わないといけないの? ここからは少し恥ずかしい話になってしまうんだけど仕方ないか。



帰りに立ち寄ったコンビニで雑誌を立ち読みしていると、携帯電話が震えた。



「もしもし」



『……私』



「誰だよ」



『……分かってるくせに』



「僕はオレオレ詐欺には引っかからないんだよ。どこの野々山か言いやがれ」



『……ん、可憐』



「嘘つけ、お前は秋葉だろうが! それで何の用だ? っていうか、まだ授業中だろ? またサボりか?」



『……今から学園に来て』

 


――プツ、ツー、ツー。



通話は一方的に切られた。僕が謹慎処分中だということを知った上で呼び出しているんだから性質が悪いよな。



でも、僕はまだちゃんと野々山に謝っていないし、要求には応えないとな。



何も買わずに店を出るのが申し訳なくて、缶コーヒーを二つ買った。



ひとつはブラックで、もうひとつはカフェオレ。あいつは苦い物が苦手だからな。



それにしても、今はまだ授業中だよな。教員が手薄で侵入は楽そうだけど、学園のどこへ向かえば良いのか分からない。具体的な場所を指定しろよ。見つかったらまずい僕の立場を少しは考えてほしい。



嘆息しながら僕は難なく学園に潜り込むことに成功した。まぁ、あいつの居そうな場所の見当はついているから迷うことはない。



授業中の静かな廊下を抜けて階段を上る。



一歩上る度に野々山との出会いを思い出した。



学園で一番嫌われていた無口で無表情の美少女だった。



僕の隣の席に座っていて、突然声をかけてきたこと。



教室のど真ん中にいるのに、空気みたいに孤立して昼食を食べていたこと。



廊下でぶつかっても無反応で、まるで僕を無視しているように見えたこと。



屋上で再び会ったとき、本物の天使みたいに見えたこと。



一緒に飛び降りた後、子どもっぽくなったこと。



いきなり呼び捨てで呼ばれたんだよな。



一日中、僕の袖を抓んでぴったり後ろをついてくることが、いつの間にか迷惑じゃなくなっていたこと。



何を考えているのかよく分からないけど、頭を撫でるとすぐに機嫌が良くなること。



料理の才能が壊滅的なこと。



字を書くことと絵が上手いこと。



素直だけど、頑固なこと。



不器用だけど、本当はとても優しい女の子だった。



そして僕と同じ、



空に憧れた女の子。



そのひとつひとつに僕は魅了され、いつしか彼女をかけがえのない仲間と認めていた。



どれもこれもつい最近の出来事のはずなのに、どこか懐かしい気分になる。



そして、あの日と同じように立入禁止の鎖を越えて、屋上の扉に手をかける。



ガチャ――



「やっぱりここにいたのか」



「……ん」

 


まるで天使のような後ろ姿はあの日のままだ。でも、以前と違うのは野々山がフェンスのこちら側にいること。



こうして二人きりで話すのは久しぶりな気がする。コンビニで買ってきたカフェオレを投げてやると、野々山は手を温めるように缶を包んだ。



満足そうな顔はカフェオレを買ってきたことが正解と告げている。



「悪かった」



「……何が?」



「色々と」

 


ちゃんと謝りたいのに、こうして向き合うと照れくさくて言葉が出てこない。



喧嘩をして不安にさせたこと。



最後まで支えてやれなかったこと。



結果的に、ひとりぼっちにさせてしまったこと。



偉そうなことばかり言って、結局は何の役にも立てなかった。



小走りでこちらに来た野々山は、僕の胸に拳を突きつけた。俯いていて、その表情を窺うことは出来ない。覗き込もうとしたら、隠すように胸に顔を埋められてしまった。



「……バカ」



「ああ」



「……本当にバカ」



「うん」



「……一人で不安だった」

 


部活で忙しかった釘宮はあまり手伝えなかっただろうからな。



「……私は政宗がいないと何も出来ないのに勝手にいなくなった」

 


叱責を受ける覚悟はしていたけど、気の利いた言葉のひとつもかけてやれない自分が恨めしい。



「……それに反省文追加されるし。……本当にバカ」



「返す言葉もないな」

 


……いつからだろう?



要領よく生きてきたつもりが、何もかも上手くいかなくなっていた。



たった一人の少女の為に生きることで、他の色々なものを犠牲にして、嘘を吐くことが下手になり、以前の自分では考えられない失態もたくさんしてしまった。



余計なことばかりをして、失敗して、野々山を悲しませて……一体、自分が何をしたかったのかも分からない。



それでも、どうしてあの日々が楽しかったと思えてしまうのだろう?



僕にとってこの二週間にしてきた無駄なことはひとつひとつに意味があって、充実していたように思える。



野々山には申し訳ないけど、こうして叱責を受けている瞬間も何故だか心地よい。



「……でも、今日は政宗が来てくれて嬉しかった」

 


野々山が胸に埋めていた顔を上げる。



「……最後はちゃんと背中を押してくれた」



「え?」



「……政宗は最後まで私を見捨ててなかったから。……私はそれがとても嬉しかった」



「そんなんじゃねぇよ。僕は、僕は――ッ」

 


野々山の顔を真っ直ぐ見られない。



ああ、確かに僕は彼女の為にすべてを捨てて頑張ってきた。野々山がそれを認めてくれた気がして、嬉しくて、でも何も与えてやれない自分が不甲斐なくて、悔しかった。



――本当は怖いんだろう?



……え?



頭の中に声が響く。それは僕のよく知る声だった。



――綺麗事ばかり言ってんじゃねぇよ、嘘つき。お前はそんな綺麗な人間でも、強い人間でもねぇだろう?



意図せず足が震えだす。今、僕は確かに怯えていた。



――自分の物語だろう? ちゃんと読み返してみろよ。嘘を吐き過ぎて本当の自分さえも見えなくなったのか、この愚か者。



叱責は止まない。気が付くと膝をついてしまっていた。



――野々山に憧れてもらっていると知って嬉しかった? バカ言えよ。違和感の方が大きかったくせに。もう一度、鏡で自分の面をよく見てみろよ。なぁ、姫島政宗?



自分のカオ?



僕は、どんな顔をしているんだろう?



未練がましく貼り付いていた嘘つきの仮面が悲鳴をあげるように軋んだ。



心に落ちた水滴が波紋を生んだような気がした瞬間、フェンスで休んでいた鳩が一斉に飛び立ち、僕は温かいものに包まれた。



「……よしよし」

 


優しく僕を抱きしめた野々山が、子どもにするように頭を撫でる。やろうと思えば簡単なはずなのに、僕には野々山を振り払うことが出来なかった。



野々山の肩越しに雲ひとつない青空を見上げたとき、今まで抱えていた蟠りがすっと解けるように自分に吐いてきた嘘を思い知る。



そして、あの声がもう一度僕に問いかけてくる。



――違和感の答えは出たかい、政宗?



ああ、僕はそんなに綺麗で強い人間じゃなかった。



ミシッ――



仮面に一筋の亀裂が入る。



――敵を作らない生き方をしていたんだって?



いや、違う。



僕は自分が傷つくことを恐れていた。



それを遠回しに表現していただけだ。



ピシッ――



亀裂は見る見るうちに広がっていく。



――野々山に憧れてもらって嬉しかった?



違う。



野々山秋葉に憧れていたのは僕の方だ。



敵を作ってでも自分を曲げない強さに、僕は憧れたんだ。



ミシミシッ――



――じゃあ、もう分かっているよな?



ああ、僕は憧れている野々山に慕われることで、絶対にあいつの前では失敗出来ないという重圧に自滅して、彼女が望まない結果に導いてしまった。



こんな失態を犯してしまった僕は、野々山に見捨てられてしまうんじゃないか怖かったから、あの日素直に謝ることも出来ずに彼女を避けてしまったんだ。



一人で部屋に籠る謹慎処分の日々が辛かったのは家族との距離がぽっかり空いてしまったからでも、情けない自分を許せなかったわけでもない。



野々山に嫌われてしまったと思って、それが怖くて仕方なかっただけなんだ!



仮面が音をたてて崩れ落ちた。



その仮面の下にある僕の素顔を見て、野々山が僅かに微笑んだように見えた。



「……本当にバカだね、政宗は。……そんな泣きそうな顔をしている政宗を私が見捨てるわけないじゃない。……私だって政宗に依存しているんだもの。……自分に嘘を吐き続けて疲れたでしょう? ……もう休んでも良いから、もう嘘を吐かなくてもいいから。……お疲れ様でした」

 


何も気付いていないように見えて、こいつは初めからずっと本当の僕を見抜いていたんだ。



そんなことにも気付かないで僕は嘘を重ねて、自滅していたんだな。



取り返しのつかない罪を犯してしまった僕は、それを野々山に赦されることで報われてしまった。



ああ、もう疲れちゃったよ。



嘘を吐くのも、自分自身を騙すのも。



……もうやめよう。



楽になろう。



野々山がそれを赦してくれるのだから。



温かい体温に包まれて、僕は静かに瞳を閉じた。

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